うろこ雲
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秋の夕日はつるべ落としであっと言う間に日が暮れる。 今日もいつものようにいつもの時間まで、しつこくボールを蹴っていたがあたりはもうすっかり暗くなっていた。 いつものように、若島津と二人。最後はさすがに疲れたのか若島津が俺のシュートを取りそこねて、芝の上に仰 向けに寝っ転がってしまったので、それを合図にひきあげることにした。 「そろそろあがるか。悪いな、いつも付き合わせて。」 相当疲れているのか、珍しく返事もなくゆっくりと体を起こすあいつ。 「片付けは俺やっとくし、おまえ先に帰っていいぜ。」 そう言って、さんざん蹴りたおして累々と転がったボールを拾い集めていると、突然背中に若島津がもたれかかってきた。 「え?若島津?」 状況をつかめないまま、そして振り向こうにも振り向けないまま不覚にもあいつの重みでスローモーションのように倒れ込んでしまった。 若島津は普段こういう悪ふざけをしたりはしない。やっぱりいつもと様子が変だ。そして背中に触れるあいつの体があきらかに熱いと、いつもは鈍感の俺もさすがに気付いた。 「おまえ…、熱ある?」
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「ったく…、具合悪いんだったらちゃんと言ってくれよ。責任感じるだろ。」 足元もおぼつかない若島津を肩で担ぎながら、どうにかこうにか寮まで帰ってきた。「ゴメン…たいしたことないと…思ったんだけど。」 そう言うと玄関にペッタリと腰を下ろしてしまった。まったくこいつは、立てなくなるまで自分の具合の悪さに気付かないなんて。…ていうか、我慢して付き合ってくれてたんだろうか。ますます責任を感じてしまう。 とりあえずスパイクを脱がせ、3階の(ちなみにエレベーターはない)俺達の部屋まで上がる。 「若島津、熱出したんだって?」 「あ~かわいそ。日向さん無理させちゃダメじゃん。」 先に帰っていた反町達が心配気に集まってきた。 「おい、こいつ着替えさすからおまえらも手伝え。」 「ええっ、オレ若島津の服脱がすなんてコワくてできないよ。」 両手をブンブンふりながら冗談まぎれに反町が言う。 「なんだよそれ。」 すると、ベッドに横たわっていた若島津がのっそりと体を起こして、いつもとは違う低いトーンの掠れた声で言 った。 「いいよ…自分で着替える…。」
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「とにかくお大事にな。」 「ううん、食欲ない。アクエ飲みたい。」 「じゃあ持って来る。」 寮の共同冷蔵庫にはそれぞれに名前の書いた飲み物やおやつがトコロ狭しと並んでいる。 だいたいのヤツがポカリだのアクエだのを常備しているのだが(ちなみに俺はコーラだ) もし若島津のがなければ他の名前が書いたやつでもかまわないと思った。 若島津がアクエを飲みたいと言ってるんだから、何が何でも飲ましてやりたいと思っていた。 とりあえず本人の名前入りのがあったので、ついでにタオルを濡らしたものと一緒に持ってわっせわっせと階段を昇った。 部屋に戻ると若島津はさっき「じゃあ行って来る」と言って部屋を出た時とほぼ同じ格好のままでベッドの上に座っていた。 「大丈夫かよ。」 「…あ、うん。そっか、着替えなきゃ…。」 まるで衛星中継のように一歩間をおいて若島津は顔をあげた。そしてのろのろとユニフォームをたくしあげ、ぎこちない動きで脱ぎはじめた。 「そだ、タオル濡らしてきたから一応カラダ拭いた方がいいぞ。」 キレイな顔にも泥が…と思わず口からこぼれそうになったが慌てて飲み込んだ。 (キ、キレイって。俺なに考えてんだろ。) そうしてる間に若島津の上半身があらわになった。 「タオル、サンキュ…。」 顔から首、胸へとタオルをすべらせて「ふう」とため息をつく。拭いたところが心なしかピンク色に染まっていく。 (こいつ…こんなに色、白かったっけ…。)
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じんわりと口を湿らす程度に水分を取ると「ありがとう」と言って、また布団の中に首まで潜り込んだ。 「…うん。」 深々とかぶった布団からほとんど目だけを出してうなずく。なんか…目から上だけ見てると若島津じゃないみたいで俺はドキッとした。 いや、いつも見慣れた目なんだけど、なんていうか、カラダが隠れていると華奢な女みたいで。 熱のせいで涙腺がゆるんでいるのか、目尻がしっとりとしていて、電気の灯りを反射してキラキラうるうるしてやがる。よく見ると睫がすきまなくキレイに生えている。無駄に長くもなく、それが余計に目輪郭をくっきりと 見せていて、こういうのを整った顔って言うんだな、なんてつくづく感心してしまう。 こんなこと考えてるなんてこいつに知れたら、熱が下がったアカツキには凄まじい鉄拳を喰らいそうだから死んでも口にはできないが…。 全てを終えて部屋に戻って来ると若島津は静かに眠っていた。熱のせいか呼吸も速い。 医務室で体温計と水枕をもらってきたので、とりあえず頭に敷いてやった方がいいかと思い声をかけた。 「若島津、熱…計ってみるか?」 「ん…なんか、計るのコワイな。すげえ高そう。」 「頭冷やすか?」 「ううん、寒気するからいい。」 「じゃあ毛布を…。」 そう言って立ち上がりかけた時、ふいに若島津の熱くて乾いた手が俺の腕をつかんだ。 「日向さん…。」
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「日向さんがいい…。」 「毛布とかより、あったかそう。日向さん、布団に入って。」 なんだ、そういうことか。…って、ええ!? 180センチ以上はある男二人が男子寮の狭くてちっちゃいシングルベッドに並ぶ様子を想像して思わず呟いてし まった。 「おまえ、気は確かか?」 「だって…寒い。」 「……。」 気は確かじゃないかもしれない。見たところ相当熱もある。でも押入れにあるひんやりとした毛布より、俺のカラダの方がだんぜんあったかいというのは正確な判断かもしれない。 あれこれ考えるより、少しでも若島津がラクになるならと、思いきって俺はあいつのベッドに滑り込んだ。 「さ…寒い…。」 熱が上がってきてるのか、若島津の体は微かに震えていた。普段あれほどタフな奴がこんなに弱ってる…そう思うとなんとかしてやりたくて、俺はそっと温めるようにあいつの背中に腕をまわした。 (こんなトコ反町が見たら100%誤解するな。) 本人はこんなに寒がっているのに、不思議と体は湯たんぽのように熱い。まるでホカホカの抱き枕みたいだ。この奇妙な体制にもだんだん慣れてきて、男同士で抱き合っているということにもマヒしてきた頃、 若島津の吐息が胸のあたりに響いた。 「はぁ…。」 (おいおい…色っぽい声出すなって。) 聞いた事のない甘いような掠れた声に、俺は急にドギマギした。いつも勝ち気で冷静で、他人にはなかなか隙 を見せない若島津が俺の腕の中で丸まっている、という今の状況をとつぜん意識しだす。 そんな俺のうろたえようを知ってか知らずか(たぶん知らない)暖を求めてさらにあいつは俺の体に密着してきた。 (お…、おいってば。)
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「…日向さん…。」 自分の…唇で。 次の瞬間、俺は泣きそうになった。この目の前の病人を、折れる程抱きしめたい、もっとぐちゃぐちゃになるま でキスしたい。悪魔のような衝動が俺を襲った。 俺を信じて、安心しきった顔で体を寄せてくれている若島津を裏切るようなドス黒い感情をもてあましつつ、一 方では直に触れる滑らかな肌に溺れそうになる。 正直、アソコの方ものっぴきならない状態になっていた。下着がじんわりと湿ってきているのが分かる。 (俺…俺は……。)
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俺は、幼馴染みで同級生で部活仲間で、そして同じ男である若島津に欲情してしまった。体の一部が著しく変化してしまった事実は、もうどうにもごまかしようがない。
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若島津が目を開けたのは、うっすらと空が白み始めた明け方だった。 「気分はどうだ?」 「うん…、もう大丈夫っぽい…」 言い終わる前に俺は手の甲をあいつの額にコツンと乗せた。 「まだ熱がある。無理すんなよ。」 力一杯さりげなく振る舞っていても、やっぱり若島津の顔をまともに見れない。まだ眠いんだという風に装いな がら、伏せ目がちに視線を避けた。実をいうと一睡もできなかったのだ。 さすがにナニったのはあの一回だけだったが、俺だって健康な男子だ。一晩に何回だって勃起する。それを押さえるのに必死で(なら自分のベッドに帰れってことだが)でもどんなにガマンを強いられても今は若島津のそばにいたい、という結論に達した。 「…ありがとう。温かかったよ、人間カイロ。」 その一言で、俺の怒濤の一夜は全て報われた気がした。だがしかし、次の言葉が一気に俺を断崖絶壁から突き落とす。 「とくに…腹のあたりが…。」
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-----クソー。気付いてやがった…。 こいつがどう思おうと勃っちまった事実は変わらないんだから。 すると若島津は、冷やかすわけでも呆れるわけでもなく、感心したように言った。 「日向さんでもボッキするんだと思って。」 おい、なんだよそれ。ツッコむ間もなくあいつは続ける。 「だってさ、ストイックなサッカーバカってイメージ強いから。」 「それを言うなら、おまえの口からボッキなんて言葉が出るのも驚きだぜ?」 「そうかな。言わなそう?」 なんだか…エッチの後のピロトークのようにポツリポツリと会話が進む。だんだんさっきまでの恥ずかしさやぎこちなさを忘れて、いつもの俺達に戻っていく気がして俺は嬉しくなった。 「俺だって…エッチなことけっこう好きだぜ?男だし。」 ひとつの布団の中で刺激的なこと言うなよな。またアソコがおかしなことになったらどう責任とってくれるんだ。 「おまえ…熱のせいでネジが一本はずれてんじゃねえか?」 「ククク、そうかも。」 俺は今、この時間がたまらなく愛おしかった。少なくとも若島津は俺に心を許してくれていて、隣でヘンなことになってしまった俺を拒絶せずにいてくれる。そして、若島津の体温や匂いをそばに感じることができる。 そして、ある思いがよりいっそう強くなるのを感じた。 (俺、若島津が好きだ。)
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夜が明けた。 「うん。」 「メシもちゃんと食えよ。」 「はいはい。」 「ちゃんと食ったか昼休みに見にくるからな。」 若島津はクスクスと笑いながらベッドの上に身を起こす。 「こんなに構ってもらえるんなら、たまには病気すんのも悪くないな。」 いつもと変わらないあいつの笑顔が、昨日までとは全く違って見える。朝日を浴びた逆光の姿が妙に眩しい。 でも、あいつにとっては今の俺も、昨日の俺とたいして変わらないんだろうな、なんて思うとなんだか急に切なくなった。 「朝練、始まっちゃうよ。」 「ああ、行ってくる。」 ゆっくりとドアを閉める。 その一瞬、若島津がそっと唇に指をあてたのが見えた気がしたが、俺は深く考えず寮の階段を飛ばし飛ばし駆け降りて行った。 |
2005.8.29〜9.6