すれ違いマイラブ

■日向→

 今日の試合は関西でのアウェーだ。
スケジュール表を見ると星印が付いている。ってことは若島津も今日は関西。
ヤツのチームの試合が同じ方面で重なる時は、できるだけ落ち合うようにしているのだ。
メールを入れようと携帯を見ると、いつのまにやら受信箱の中に若島津のメールが届いていた。

『今日、会いたい』と一言だけ。

俺も速攻レスを打った。具体的なことを考え出すと試合に集中できないので、『俺も』とだけ返しておいた。ひとまずこれで約束は成立だ。大手を振ってアイツに会えるように、最低でも1点は決めないとな。
試合も無事終わり、我先にとロッカールームに引き上げるとガッとシャワーを浴び帰り支度を始めた。
そんなに急いでドコへゆく?と標語みたいなツッコミを背後に受けながら、俺は監督に別行動の許可を申し出た。マイクロバスなんかに乗り込んでいたらファンには捕まるし、支度のトロい奴には待たされるしでロクなことはない。チームメイトの冷やかしを尻目に呼びつけたタクシーに飛び乗ると、京都目指して走り出した。
携帯を取り出すとメールが1件。

『河原町のデパートの隣で先にお茶してる』

 キックオフが1時間程ずれていた為、先に試合を終えた若島津はとっくに団体様から離脱して俺を待っているようだ。河原町…っていうとあそこか。デパート、デパート…ああ、一度下着を買う為に入ったあれだな(あの時も若島津と京都でお泊まりだったのだが着替えを忘れたドジな俺)
藤井大丸を目指し、料金メーターがぐんぐん上がるのも気にせず運転手を急かした。
さすがに支払いの時にはギョッとしたが(阪急でもよかったかなと一瞬思った貧乏性な俺)若島津との甘い夜のことを思えば大枚叩くのも惜しくはない。それでも釣り銭と領収書はちゃっかり受け取ると、颯爽とデパートの前に降り立った。
ところが、若島津の言うお茶するような店はどこにもない。…たしかにデパートの隣と言ったよな。
メールを確認すると間違いなくそう書いてある。そのメールに『ドコだ?』と返信すると、30秒程で返事が来た。

『高島屋の横』…高島屋?そんなのあったっけ?ていうか、それならそうと最初のメールで打てよ!
 一瞬イラッとしながらも左右見渡してみる。すると東の彼方に高島屋の看板の一部がチラリと見えた。…けっこうあるじゃねえか、距離。しかも通りはすごい人で、自分のペースではなかなか進めない。
でもまあこっちなら先斗町でも祇園でも、ちょっとイイ雰囲気で食事をして川辺リを散歩しながら夜の京都を満喫するのも悪くはない。今夜のプランを考えだしたら、ノタノタと動く人ゴミもそれほど苦ではなくなった。
ようやく高島屋の全貌が見えてきたその時、メールの着信音が鳴った。

『ゴメン、藤井大丸だよね?今店を出たのでそっちに向かう』

 …おい。完全に行き違いのすれ違いじゃねえか。このままでは今夜は結局会えないまま、なんてことになりかねない。食事よりも何よりも、まず俺はアイツに会って抱きしめたい(本音だ)ただそれだけなのに。
おそらくこの人波の中から若島津と巡り会うのは不可能に近い。
それほど気の長くない俺は、ちょうど流れてきたタクシーを反射的に止めた。

「駅前のホテルに」

 行き先を指定しながら、若島津の携帯番号にコールをかけた。

 

 

 

■若島津→

 ツ─ツ─…

「なんだよ、話し中」

若島津はふてくされて携帯を閉じた。
お互い携帯を持っていながらなんでこうもすれ違うのかが解らない。そもそも最初からメールではなく電話でやり取りをすれば簡単な話なのだが、実をいうと直に話すのが得意ではない。なんだか妙に照れてしまってツッケンドンな口調になってしまう。
日向も無口で用件しか言わない男だから、話が終わると急にシンとしてしまう。黙っていても相手の考えていることが解るような年期の入ったカップルならどうってことはないのだろうが、何を隠そう、二人はまだそういう関係になって半年程なのである。日向のなにげない笑顔で幸せになれたり、逆に溜息ひとつで不安になったりすることもある。
今まさに若島津は不安に陥っていた。これから俺と会うってのに、いったい誰と電話しているのだろう。試しにもう一度掛け直してみたが、またしても通話中のツーツーという音が虚しく耳に鳴り響いた。
藤井大丸に向かっていた足は次第に重くなり、途中目に入ったジュンク堂に誘われるようにふらふらと入っていった。
平台には日向が表紙のサッカー雑誌が並んでいた。

(日向さん…会いたい)

 そんな気持とは裏腹に、もういっそ新幹線に乗り込んで帰ってしまおうかなんて考えている。
俺ってこんなにうじうじした奴だったっけ。
そんな時、メールの着信音が鳴った。
『今、ホテルグランヴィアの1507号室。待ってる』
  …いきなりホテルかよ。
呆れて真っ赤な携帯をパクッと閉じながらも、若島津の顔は嬉しさと安堵がにじみ出るようにほころんでいた。

 

 

 

■日向→

(まったく…こんな時に誰と話してやがる)

結局電話は通じないまま、タクシーはホテルの前に止まった。
「駅前の」なんて適当に言ったらなんだかやたら立派なホテルに連れてこられたもんで、思わず自分の格好を顧みてロビーに入るのを躊躇してしまった。着古したジーンズになんの変哲もない白いTシャツ、それにジャージの上着を羽織っただけの非常にラフな格好をしていたからだ。サンダル履きじゃなかったのが唯一の救いだ。
こんな身なりの俺でも、ベルボーイは満面の笑みで迎え入れてくれた。とりあえず空いてる部屋へ宿泊の手続きを済ませると、案内を断り、一人エレベーターに乗り込んだ。
フロントでは「お連れ様はお部屋の方へご案内いたしますか?」などとバカ丁寧に聞かれたが、内心うろたえながらも「いや、いいです」と無表情を装った。
たぶん今夜はホテルのスタッフの間で「Jリーガーの日向が恋人と逢い引きしている」と囁かれるに違いない。ドアを開けた瞬間、そこが特別な間柄の男女が選ぶとっておきの部屋だということに気付いたからだ。デラックスな間取りに大きなベッドが二つ仲良く並んでいる。備品のひとつひとつが豪華でありながらスマートで、正直俺のキャラには合わない気がした。

 とりあえずホテルの名前と部屋番号を若島津にメールで知らせる。
ヤツは来てくれるだろうか…勝手にこんなトコに入っちまって、怒って帰ったりしないだろうか。
若島津に会えると思うと浮き足立ってしまう自分を戒めながら、今日の試合では2得点を挙げた。これで胸を張って会える、思いっきり抱きしめてやる、そう思って喜び勇んで京都に来てみれば・・・。
おそらく俺達は、会話が足りなさ過ぎるのかもしれない。簡単なことなのに、つい照れがジャマをしてしまって言葉を飲み込む瞬間が幾度もある。ちゃんと声で伝えるべきだった。「早く会いたい」と。
 メールを送って30分程経ったが、若島津からの返事はない。やっぱりもう、新幹線に乗って帰っちまったのかも・・・ガラにもなくメロウな気分に浸っていると、突然インターホンが鳴った。
部屋にそんなものが付いてるとは知らなかった俺は飛び上がらんばかりにビックリした。そして相手を確かめもせずいきなりドアを開けた。

「…不用心ですよ。ちゃんと確認してから…」

 そこには怪訝な顔をした若島津が立っていて、無防備な俺に小言を言わんとしていた。顔を見るなり俺はヤツの言葉を最後まで待てずに腕を掴んで引っぱり込んだ。

「わっ、ちょっと」
「…もう来ないかと思った。遅かったじゃねえか」
「地下鉄で来たんです。あと、コンビニに寄ってて」

 レジ袋の中を覗くとビールやらミネラルウォーターがひしめき合っていた。

「こういうホテルって、冷蔵庫の中高いでしょ?…それにしてもこの部屋って…」

 そう言って俺の肩越しに部屋を眺め回すと若島津は顔を赤らめた。

「ここしか空いてないって言われたんだ」
「スイートですよね…ここって」
「今日の得点給はこれでパアだな」
「勿体ない…」

 気持ちが昂っているせいか、お互いいつもより饒舌だ。喋りながらもだんだんとお互いの距離が近づいていく。

「京都タワーのホテルでもよかったのに…」
「え、あそこホテルなのか?」
「…日向さんと一緒なら、俺はどこでも…」

 ズキンときた。その時初めて、会えなくて焦っていたのは俺だけじゃないってことに気付いた。

「若島津…」

 両頬を包むように触れると、若島津の瞳が一瞬俺を捉え、そして照れたように下を向いた。上唇にだけそっとキスをする。すると再び潤んだ瞳が俺を見上げた。

「会いたかった…」

 掠れた声が切なく囁く。俺はもうたまらなくなって、少々乱暴に口付けるとヤツの背中から腰にかけてを力任せに掻き抱いた。
付き合い始めて、まだ半年。この関係を大事に育みたいという思いとは裏腹に、性の欲望を制御できないことがままある。こんなガツガツした俺を、若島津は嫌がりはしないだろうかと不安に思うが止められない。唇を深く合わせたまま、ダブルサイズのベッドに押し倒した。

「ダメだ…俺、余裕ねえ…もっとゆっくり…抱きてえのに」
「いいよ…まずは体が先で…俺も、男だから…わかる」

 俺は思わず顔を上げた。若島津の口からこんなセリフを聞くとは意外だった。

「…一回して、落ち着いてから…それからメシにしましょうよ、ね?」
「若島津……」

 いつになく積極的な若島津の言葉に煽られて、俺はすっかりケモノと化してしまった。この一回が終わったら一旦お預けになってしまうと思うともったいなくて、イキそうになるのを何度も堪えた。さすがに3度目の波にはもうガマンできなかったけど。
カーテンを開け放したままのデカい窓からは蝋燭のような白いタワーがそそり立つのが見える。京都ならではの控えめな街の灯が、ほんのりと若島津の裸体を照らしていた。

 

 

 

2006.11.12~11.15(お海老)