ショートカット

 

アイツの弱点 2006/5/15 (Mon.)

 

 付き合い始めて5年目にして、初めての同居生活である。
高校卒業を間近に控えたある日のこと、俺と若島津はひょんなきっかけで、お互い恋心を抱いていることを暴露しあい、そのままの勢いでそうゆうカンケーになってしまった。
その後俺達はそれぞれ別のプロチームに入団、始めのうちは二人とも国内だったから、たまのオフには頑張ってどちらかの家に飛んでいき、それはそれは甘くて密度の濃い時間をすごしたものだった。
そのうち俺が海外に移籍したおかげで超遠距離になり、会えない苛立ちから、もうダメかも…なんて思った時期もあったりした。だが、いろんな苦難を乗り越えて、俺のJ復活を機に一緒に暮らそうってことになったのだ。
数々のオファーを受けながら、真先に選んだのはもちろん若島津のいるチーム。アイツは涙を流して喜んでくれたっけ。
 寮生活でも若島津の几帳面ぶりや清潔好きなところは目にしていたので、どちらかといえば潔癖性な俺ともきっとうまくやっていけるという自信があった。
掃除も洗濯も当番制で、若島津はそれらをそつなくこなした。
ところが…器用なアイツにも苦手なものがあった。
 料理だ。
いや、というか苦手だということを本人が自覚していないからタチが悪い。時間がある時に、あれこれ工夫して作ってくれるそのキモチは有り難いのだが、正直言ってウマくない。
味覚がちょっとエキセントリックというか…基本「お袋の味」を追い求める俺の味覚とはあきらかに違う。牛丼に酢をぶっかけられたり、お好み焼きにケチャップをかけられたり(ピザみたいでうまそう、だそうだ)極めつけトンコツラーメンにホールトマトをぶちこまれた時はもうダメだと思った(何を目指したかは不明)
よって食事だけは俺が全てをまかせてもらうことにした。
負担は大きいがメシは大事だ。明日の活力の為にもまともなものを食って休みたい。
はっきりと「オマエの料理は変だ」と言ってやったら丸一日口をきいてもらえなかった。
けど、実のところ若島津もそれほど料理が好きなわけでもないとみえて、とくにこだわりもないみたいだ。アイツの好きな品をその日の晩メシに並べてやったら、あっという間に機嫌が直ってニッコニコで平らげてくれた。
いつもスッとしてスマートで顔がよくて、行動にもそつがない若島津だが、こんな意外な一面もあるんだってことを知るのは俺だけなんだと思うと、なんとなく嬉しくて、そんなアイツが愛しくなる。
 ただ、近頃ちょっとえらそうに「メシまだ?」とか催促してきやがるからたまにムカつくんだけどな。

 

 

寒い夜に 2006/5/17 (Wed.)

 

 アイツはわりと夜更かし型だ。
毎晩ニュース番組を最後まできっちり見た後、その日録画したビデオがあれば一通り流してから床に入る。
寒い季節でもその習慣は変わらない。エアコンは乾燥するからと嫌い、暖房も何も付けないリビングでベンチコートを羽織り(室内だっつーのに)ソファーにうずくまってテレビを見ている。
当然奴は体の芯まで冷えきった状態になる。寒がりのくせに無茶しやがる。
俺はそんな若島津とは違って早寝早起きを心掛けているから、その頃にはとっくにベッドでノンレム睡眠に突入段階なわけなのだが、たまにその眠りを妨げるアクマが背中に蹴りを入れる。若島津だ。
俺の枕の横にドサッと自分の枕を投げ落とすと、ホカホカに温もった俺の場所が力づくで奪い取られる。しかも…足でグイグイと追いやられて、だ。

「寒くて寝れない」

そう言って若島津は恐ろしい程の腕力で後ろから抱きついてくる。俺は振り向くことすら許されない。
ガチガチに冷えた体はSの字にぴたりと密着してきて、アイツの体の凹凸も隙なく背中に感じることができる。いくら眠りの底に落ちていたとはいえ、こんなふうにひっついてこられるとムラムラしてきてもしょうがない。寝起きの良い俺の体は、たとえ朝でなくても簡単にスイッチが入ってしまうのだ。
しかし若島津はというとそんな気は全くなく、ひたすら俺から熱を奪い取るのみだ。
10分もすると、凍てついていたアイツの足はじわじわと血が巡りほぐれてくる。ナントカ固め、みたいに身じろぎもできないくらい絞められていた体も弛んできた。

「温ったまった」

 そう言うと、絡められていた若島津の体がそっけなく離れ、ゴロリと寝返りを打ちやがった。
おい、用がなくなったらえらく冷てえじゃねえか。

「背中も温っためてやろうか?」

 めげない俺は今度は若島津の方を向いて腕を回そうとする。ところが、

「うん、もういい」

なんだよそれ。

「アンタに背中を取られると、必ずアッチの方に持ち込まれるから」
「俺を節操なしのドスケベみたいに言うな」

  俺はプンスカ怒ってヤツに背中を向けた。そりゃーあわよくば、と下半身がスケベな期待で膨れてきてるのは否めないが…。
するとどういう気だか、ふくらはぎに若島津の足の裏がピタリと張り付いてきた。クソ、ぜってー振り向かねえぞ。もう甘えさせてなんかやるもんか。
スリスリと、俺様の黄金のふくらはぎをサラリとした足裏が撫でる。あのなー、スネ毛が絡まってちょっとイタイんだけど。

「明後日…休みだから…」

  動きが鈍くなってきたなーと思った頃、眠りに片足つっこんだような声で若島津が呟いた。

「だから…明日、な」

 明日…しようってことか…?
よーし、その言葉、しかと聞いたぞ。逃げるなよ。
この状態で一日お預けは辛いが、明日、たっぷりといただかせてもらうからな。
 まもなく、静かな寝息が背中伝いに聞こえてきた。

 

 

ドSな俺 2006/5/19 (Fri.)

 

 セックスは週に1、2回。大抵が休日もしくは午後練のみの日の前日である。
一日休みの時なんかは朝っぱらからやっちまったりして、そんな日は、俺は若島津の奴隷みたいに一日働かなくてはならない。
たしかに体の負担はアイツの方が大きいわけだから、しょうがねえっちゃあしょうがねえんだが。
してえな‥って日はどちらからともなく「今日そっちで寝てもいいか?」と聞く。聞いた方が枕を持参で相手のベッドに潜り込む。
 こんな関係も5年目だから、熱烈な始まり…なんてのはめったにないが、電気を消して互いの目が合えばやっぱりドキドキする。
ほら、アイツ綺麗だからさ。何年経ってもそれは衰えることなく、むしろますます美しさに磨きがかかったと言ってもよい。
まあ、俺がいつも隅々まで可愛がってやってるからな。人は愛されるとキレイになるって言うし、きっとそのおかげだろうと自負している。
最初は頬を撫でたり、指で唇をなぞったりしながら、今日あった出来事やなんかを話したりする。
 新しいコーチは技術はイマイチなのにやたらエラそうでムカつくとか、雑誌の対談で誰とかと会う、みたいな他愛のない話。
だがその対談相手が女だったりした時、それを知った若島津の目が険しく細められ、眼光が鋭くなったのを俺は見逃さなかった。
そして「ふーん、そう」なんて言いながら、激しく股間を擦り付けてきた。あからさまに挑発的な態度に俺も煽られる。
 普段はツンと澄ましてやがるくせに、時たま見る、取られそうになったおもちゃに必死でしがみつこうとするガキみたいなアイツがたまらなく可愛い。
ただし「大人のおもちゃ」、だけどな。
 とまあそんなカンジで次第にスイッチが入っていくわけだ。
とはいってもたまにはイレギュラーな始まりで刺激を求める時もアル。
部屋に入ってきた若島津を強引にベッドに押し倒して、いきなりおっぱじめることも。
もちろんアイツは「ムードもへったくれもない!」と言って怒って抵抗するが、それも本気ではないことを俺は知っている。
イヤな顔をしながらも、レイプまがいのプレイを密かに楽しんで興奮している。ヤツの体に触れていればそんなのは一目瞭然だ。
 その時の若島津は、淫らで妖艶で、俺は背筋がゾクリとする程の興奮に溺れ、内に眠った残酷でドSな自分を発見するのだ。

 

 

スクランブルエッグ所属 2006/5/21 (Sun.)

 

 東邦学園の理事長、小泉さんが本業の傍ら経営しているタレント事務所に、俺は所属している。
サッカー以外の、テレビや雑誌なんかのどんな小さな取材でも、全てそこを通して依頼され、スケジュール管理をされているのだ。
そうでもしないと、オフシーズンは雑多な仕事で引っぱり回され、自主トレにも支障をきたすからだ。
 きっかけは高校卒業して間もなく、某バラエティ番組からお呼びがかかり、当時所属していたチームからも許可が出たので、俺は慣れないテレビ出演を承諾した。
それは出された五品の料理から嫌いなものを当てるという対戦形式の人気コーナーで、俺の不馴れなリアクションと素の性格がなぜか視聴者や番組関係者にウケたらしく、それ以来バラエティ番組からの出演依頼が殺到した。
俺はワケわかんなくて、とりあえずそれを小泉さんに相談した。親元を離れてからは彼女が身元引受人のような存在だったからだ。

「それはマズイわね」とあの人は言って、即座に金を動かした。すばやい判断とキレの良い行動力はさすがとしか言い様がない。そして「スクランブルエッグ」という事務所を立ち上げ、俺のマネージメントからギャラ交渉、年棒交渉まであらゆる面倒をいっきに引き受けてくれることになった。
俺がサッカーに専念できるのもあの人のおかげだ。
 そして海外への移籍も彼女の積極的なコンタクトで実現したようなものだ。ほんとに頭が上がらない。
その頃、俺は若島津と付き合い始めて半年ぐらいだったんだが、アイツは名古屋、俺は埼玉でそうしょっちゅうは会えなくて、お互いすれ違いばかりでイライラしていた時期だった。
そんな時、小泉さんと親密に会う機会が増えたもんだから、アイツに彼女との仲を疑われたりもした。
アイツは、もし俺に女が出来たらいつでも身を引くつもりでいたらしい。様子がおかしいので電話口で問い詰めたらそんなことを言うから、俺は頭に来て、すぐに名古屋に飛んでいってアイツをとっ捕まえ、トンボ帰りで東京にムリヤリ引きずって来た。
その足で小泉さんとこに連れて行き(アポもなしにかなり迷惑な話だが)彼女の前で堂々と言ってやった。

「俺の恋人がアンタと俺の仲を疑ってるからハッキリ違うと言ってやってくれ」と。
その時の若島津の顔といったら、今思い出してもニヤけちまう。
 一方の小泉さんはというと、至って冷静に、

「外でキスなんかして写真撮られないようにね」

と言いながら、携帯と間違えて化粧パクトを開いて苦笑していた。
 あの人もかなり動揺していたみたいだ。

 

 

目覚めたアイツ 2006/5/25 (Thurs.)

 

「俺、あんたの恋人でいてもいいのかよ」

 ひと悶着の後、俺達は都内のホテルに泊まった。終電をとっくに逃していたからだ。
若島津は俺達の男同士の関係に、実はイマイチ自信が持てずにいたようだった。
俺に体を許しながらも、頭のどこかではそのうち俺がまっとうな人生を選択するのではないかと、そんな風に思っていたみたいだ。
 まったくふざけた話だ。
俺はとにかくアイツに分からせたくて(何をって、俺が真剣に若島津を好きだってことをだ)その夜は全身全霊をかけてアイツを抱くことにした。
中で燻っている不安を全部、踏み消すように。
「好きだ」とか「愛してるぞ」とか、俺は思いつく限りの甘い睦言をくり返し囁いてやった。いや、囁くというよりは殆ど攻撃に近い。
 最初のうちは若島津も意地になっていたが(ムリヤリ新幹線に乗せたことをまだ怒っていたのだ)約一ケ月ぶりにようやく会えたってのも手伝ってか、ドアを閉めるなりちょっとディープに唇を奪ったら、しょうがないなといった体で身をまかせてきた。
ベッドに沈んでからも「明日も午前の練習があるのに」とか「名古屋駅でもし誰かに見られていたらどうすんだ」とかさんざん恨み言をぶつけられたが、「もしバレたら堂々と記者会見してやるよ」と言って、これ以上ないってくらいやさしく見つめてやると、それっきりアイツはおとなしくなって口をきかなくなった。
セックスを覚えて半年、それまでは正直ただキツいだけで、受け入れてもらうことで一杯一杯で、お世辞にも具合が良いと思えたことは一度もなかった。とにかく体を繋げることが全てだと思い込むことで満足ししようとしていたのかもしれない。
 ところが今日の若島津はなんだか違った。
俺を受け入れた後しばらくして、熱っぽい吐息を漏らしはじめたのだ。こんな表情は初めてだった。
思わずといった風にこぼれる声がすげえエロくて俺を煽る。
どうしたんだ、おい。そんなにイイのか?ホテルの乳液がよっぽど体に合ったのだろうか…?
そんなことを考えてると、若島津のソコが俺のナニに吸い付くように蠢き始めた。そんなことはもちろん初めてで、その衝撃的な感触に俺は我を忘れてしまった。アイツも同様、頭のネジが一本飛んだみたいにおかしくなっちまった。
文字通り「目覚めた」ってカンジの乱れっぷりに、逆に俺の方が翻弄されたといってもいい。
 そして俺は一晩中、若島津を離さなかった。いや、離してもらえなかった。
夜明け間近、さすがにもう‥ってくらいやりまくってグダグダになった若島津が眠りに落ちながら呟いた一言。

「セックスって…キモチいい…」

 だろ?キモチいいだろ?ていうか、今日のオマエ、サイコー…。
だからって絶ッ対、他の奴なんかとするなよ。ああもう、メロメロじゃん俺。

 

 

午前様 2006/5/26 (Fri.)

 

 昔のチームメイトの誘いで飲み会に参加することになった。
若島津は「どうぞごゆっくり」と穏やかな口調で送り出してくれたが、あれは内心ムッとしていたに違いない。
なにしろ明日からは、珍しく貴重な2連チャンのオフ日なのだ。この休みが発表された日の晩、アイツは上機嫌で「どこかに一泊旅行でもしようか」なんて言って、秘湯めぐりの雑誌をめくっていた。
もしかしたらすでにどこか予約を入れているかもしれない。
若島津の為なら、どんなに二日酔いでも早起きをして出かける気構えはあるのだが、きっと車の中では爆睡だろう。
 目的地に着いてようやく目覚めるであろう俺に、冷たく浴びせられる視線を想像すると身震いする。
しかも飲み会メンバーの中にはキャバクラ好きで有名な奴が数名いて、そのことは若島津の耳にもウワサとして入ってるみたいだから、そういう店になだれる可能性もアリなことをヤツもきっと想定しているだろう。
キャバクラ、行ってみてえけど後がコワイからな。
 俺はテキトーに盛り上がって、テキトーに酒をあおると、テキトーな理由をつけて狂乱の場を後にした。
家に帰り着くと、リビングには電気もテレビも煌々と付いていて、ドアのすりガラス越しでも若島津がソファーにいることが見て取れた。

「ただいまーー…」

 俺は恐る恐るドアを開けた。すると…。
若島津は風呂上がりなのか腰にタオルを巻いた状態でソファーに横たわり、350の缶ビールを3本空け、その残骸が床に転がっていた。そして4本目を抱きしめるように腕組みをしたまま…眠っていた。
タオルはすでに外れかけ、もはやその意味を成してはいない。ようするに、丸見え。
しかもこちらに足を向けてるから、あらゆる部分が隠しだてなく晒されている。
……犯されてえのか、コノヤロ。
けど、こんなにも淫らで明け透けな格好をしていてさえ絵になるというか…。キレイなんだよなあ、若島津って男は。
 俺は急にムラムラッときて、ギリシャ彫刻のような美しい裸体に歩み寄った。

「若島津…」

 太腿の内側を指先でスーッと撫で、ヤツの薄紅色の秘部に触れようとした、その時。

ガッ!!

…俺は脳天にかかと落としの一撃を喰らってその場に倒れたのだった。

 

 

ショートカット 2006/5/28 (Sun.)

 

 スポーツ選手ってのは、どうもゲンを担ぐことが好きらしい。
勝ち続けている時はヒゲを剃らなかったり、調子の悪い時は憑き物を落とすように頭を丸めたりと様々だ。
俺はそういう迷信じみたことはアテにしないタチだから、あんまり意識したこともないんだが。

ある日、若島津が髪を切った。
チームの連敗続きで、やることなすことが噛み合わずにただでさえピリピリした試合だった。無得点のまま迎えた後半30分過ぎ、連敗の焦りからか、ヤツの飛び出しのタイミングが悪く、フォローに回ったDFがクリアミスをしてそれが不運にもそのままオウンゴールとなってしまった。
もちろん点を取れない俺もふがいないんだが、全体的にもちぐはぐな流れで嫌なムードだった。
 試合は結局0-1で4連敗目を規してしまった。
その日の晩である。お互い別行動の後、家に帰ったら若島津の長くてキレイな髪がバッサリとなくなっていた。

「おまえ‥っ、なにしてんだよ!」

思わず叫んだ俺に、ちょっと硬い表情のヤツは、
「さすがにボウズは勇気がないからさ」
 ……。
肩まであった手入れの行き届いた髪は襟足くらいまで短くなっていて、輪郭に沿って梳いているせいか、ただでさえちっちェえ顔がさらに輪をかけて、世の女どもが羨む程の小顔になっていた。
似合うけど‥、かわいいんだけど‥‥俺はベッドでくしゃっと乱れる長いのが好きだったんだよな。
 ああ、もったいねえ。

「点取り屋さんがバンバン入れてくれたら、これ以上短くならずに済むんだけど」

 嫌味のような、叱咤のようなヤツの言葉ごと飲み込むように、俺はギュッと若島津を抱きしめた。

 

 

長髪のワケ 2006/5/29 (Mon.)

 

 そもそも、なんで若島津は髪を伸ばしていたんだろう。
 アイツと出会ったのは小5の時。
俺は明和小だが、若島津は国道を挟んだ向こう側の野木山小に通っていた。
バイトの新聞配達でそこらへんを回っていた時、放課後のクラブ活動でサッカーをやっているのが目に止まった。俺はつい立ち止まって、そいつらのプレイを値踏みするように眺めていたのだが、所詮クラブ活動だ。全体的にまったく大したことはなくて、すぐに興味がそがれた俺はさっさと立ち去ろうとした。
その時、アイツの動きが目に飛び込んできたのだ。
驚く程の反射神経と瞬発力、絶対ただ者じゃないと思った。
そしてそいつのポジションは、明和FCがその時もっとも必要としていたゴールキーパーだった。
俺はバイトの途中なのも忘れ、すぐさまそいつに駆け寄って(どうやら試合中だったらしいのだが)かみくだいて言えば「ナンパ」したのだった。その長髪でヒョロッと背の高い女顔のキーパー、若島津を。
 そう、あの頃から若島津といえば長髪、というふうにすでにトレードマークになっていたから、とくに意識をしたこともなかった。似合ってたしな。逆に五分刈りの若島津なんて絶対想像もできない。
今の関係(‥体のな)になってからは、アイツの髪を撫でたり指を絡ませたりするのが好きで、それは唯一俺だけに許された行為なんだという、特権意識と独占感が嬉しかったんだよなあ…。

「なんで…って?」

晩メシの後、土産にもらった泡盛をチビチビとやりながら、なんとはなしに聞いてみた。すると、

「あー…うん…クセ」

 は?クセ?…意味分かんねんだけど。
…若島津の話を要約すると。家族が昔から付き合いのある床屋にヤツも通っていたのだが、行く度に「かわいいわねえ」とか「ホント女の子みたいねえ」などとそこの女主人に誉めそやされるんだそうな。
そのことが若島津は子供心に嫌で嫌で、ある時、散髪代を渡されて家を出たが気が付いたら床屋を素通りして商店街へと向かっていた。そして立ち寄った本屋で「なぜなに博士」という本を衝動買いしてしまい、家に帰って大目玉。

「来月までその鬱陶しい頭のままでいろ!」とオヤジさんにグーで殴られ道場磨きまでさせられたが、それでも次の月も、その次の月も若島津は床屋に行かなかった。
そして気が付くと顔は前髪で覆われ、誰もヤツを「かわいい坊ちゃん」とは呼ばなくなった。

「つまり、ここらへんまでが俺もガマンできるゾーン、てことかな」

 先日まではそのへんで弾んでいた毛先のあたりを手の甲で示すと、やなことを思い出しちまったと言わんばかり、泡盛をグイッと流し込んだ。
で、つまり…それのどこが「クセ」なんだ?

 

 

ボスの交尾 2006/6/4 (Sun.)

 

 二人仲良くソファーに座ってテレビを見ていた。
若島津の好きな動物ドキュメントだ。
とある霊長類のボスの生き様が終始追われていた。

「あはは、コイツ、明和んときの日向さんになんか似てる」

 笑いながらの失礼な発言に俺はムッとして、「うるせえ」なんて言いつつアイツの股ぐらをギュウッと力一杯握って反撃してやると、

「イッタ~~~ッ!アンタ最低」

 となじられてアウトサイドキックをお見舞いされた。
とまあ俺達の日常は、このように仲睦まじく、時にバイオレンスなのである。
ふと画面に目を戻すと、俺達は一瞬黙り込んでしまった。
 「ボス」が交尾を始めたのだ。
動物の映像ならばこういうシーンも放送コードには引っかからないのだろうか。結構あからさまな腰の動きに釘付けになる。たぶん溜まってる時に見たらちょっとおかしな気分になるだろう。というか今も、自分と横にいる若島津とのソレに思わず変換して想像してしまった。うう、やべえ。
すると若島津がそれを見透かしたように、

「アンタ今、想像したろ?」

 と言って、ニヤッと笑った。クソ、カワイくねえな。

「あ、もう終わった。早くない?ボス」
「フン、俺はもっと持久力あるぜ」

 何を張り合ってんだか。俺に似てるなんて言いやがるから。

「そうかなあ…」

 それは甚だギモン、とでも言いたげにヤツが呟いた。
俺もだんだんムキになってきて、テレビそっちのけで反論に出た。

「いつもオマエの方が先にイクだろ!」
「そっ、それはさあ!アンタのが…」

 言いかけて若島津はハッと口をつぐんだ。
俺のが、なんだ?(ニヤニヤ)
会話の内容はかなり低レベルだが、ベッド以外でこういう下世話な話に若島津がノってくることは珍しい。

「わかった。じゃあ我慢くらべしようぜ」
「えっ?」

 俺はさっさとテレビを消して、リモコンをソファーに投げ捨てると、狼狽えるヤツの腕をつかんで引き上げた。

 

 

69 2006/6/5 (Mon.)

 

 部屋に連れ込むと、とりあえずは若島津の唇を、文句の言葉もろとも口の中に吸い取ってやった。
アイツはキスが好きだ。どんなに嫌嫌言ってても、乱暴に抱きしめてキスしちまえばこっちのもの。体中の力が腕の中で溶けていくのが分かる。
初めてのキスが結構ドラマチックだったから、そのせいかもしれない。唇を合わせると今もその時のことが頭に浮かんで抵抗できなくなっちまうのかも‥。
なんていう俺も、あの時のことを思い出すとガラにもなく胸がキュウッとなって、意味もなく若島津を抱きしめたくなっちまうんだよな。

思い出話はさておき。


 俺はTシャツの下から掌を忍び込ませ、ヤツのナマ肌をかき回した。
若島津のヤツは俺の舌を銜えながらも、あきらめ悪くウーウー言ってるから、スウェットの中に両手を乱暴に突っ込んで、尻やらアソコやらを揉みしだいてやった。
するとアイツの肩がビクッとはねて、一瞬身を硬くしたが後はもうなすがまま、すっかりおとなしくなっちまった。
唇が離れると、潤んだ目で「す…するの…?」と吐息まじりに囁いた。ていうか、したい、って言ってるみてえに聞こえるんだけど。

「だから言ったろ。我慢くらべ」

 ちょっと荒っぽくベッドに押し倒したが、ヤツはもう何も文句は言わなかった。
若島津が横たわった向きとは反対に俺も横になる。
 シックスナイン、ってやつだ。
すでに元気100倍の俺のムスコをアイツの口元に押し付ける。そしてヤツのスウェットを下着ごとひっぺがすと、そこにはすでに待ちわびるように膨らんだ若島津のアレが、プルンと顔を出した。
 わは‥‥たまんねえな。

 

 

我慢くらべ 2006/6/7 (Wed.)

 

「先にイッた方が、ベランダの掃除と網戸拭き。な」
「なに、それ‥‥」

 勝負はすでに始まっていた。
口元に脈打つソレを突き付けられると、無意識に銜えてしまう習慣がこの5年間で身に付いてしまった。
もちろん抵抗はない。お互いに気持ちよくなるようにと、わりとこれまでも進んでしてきた行為だ。
でも、この体勢でのプレイは今までで数える程しかしたことがない。
なんでって、アイツのイク時の顔が見えなきゃつまんねえだろ?おまけに無言になるしな。
けど、今は勝負だからひたすら目の前のナニを追い上げることに集中した。このクソ暑い時期にベランダ掃除なんか冗談じゃないしな。(俺が言い出したことだが)
 それにしても…。
銜えながら銜えられるってのは、思った以上にコーフンする。なにしろ目の前で若島津の腰がクイクイ動いてやたらと艶かしい。
時々俺のを扱く口が留守になって、喘ぎ声が漏れてくる。‥‥これはもうちょいかもしれない。
そう思った俺は、アイツのうしろの方を指で突いてみた。

「アッ…!ず、ずるい!」

 ソッコー批難の声が上がったが、ヒクつくソコには俺としてもかなりの執着があるわけで。こんな風に反応されては放ってはおけない性なのだ。
中指を唾液で湿らすと、紅色のソコにあてがってクリクリと濡らしてやる。

「あ…ああ…っ」

 すっかり俺のを銜える余裕もなくなった若島津は、あえなくシーツの上に崩れ落ちていった。今にも放出しそうに震えるソレからは、脈打つごとに蜜が滴り落ちる。かわいいなあ…若島津の×××。

「い…やだ…ベランダ掃除…」

 この期に及んでまだそっちが気になるのか。クソ、もっとワケわかんねえようにしてやる。
すっかり2本の指を銜え込んだアイツのエッチ穴を、わざと音が鳴るようにかき回してやった。そこはさらなる快楽を求めて伸縮を始めていた。

「ハア…ッ…んっ」

 もはや勝負うんぬんのことなど頭からぶっ飛んでしまった俺は、若島津の足の付け根を大胆に広げ、ズカズカと腰を沈めていったのであった。
で、どっちが先にイッたかって?んなこた覚えてねーよ。

 

 

雪の日に 2006/6/8 (Thurs.)

 

 卒業間近のある日。明日でサッカー部のグラウンドともお別れという日に、俺は若島津とボールを蹴ろうと約束した。
次の日、朝早く起きて窓の外を見ると、なんとドカ雪で辺りは真っ白。この冬一番の冷え込みになると昨夜のテレビでも言っていたのは本当だった。
しばらくぼんやりと一面の銀世界を眺めていると、

「まだ誰の足跡もついてないよな」

  と、ようやく目が覚めた若島津が俺の肩ごしに呟いた。

「そりゃー誰も出てこねえよ。こんな寒かったら」
「まあね。…せっかくだからさ、行っちゃおっか」
「寒いの苦手なくせに。カゼ引いても知らねーぞ」

 振り向くとすでに若島津はセーターをざっくり被って、ボア付きのベンチコートを羽織っているところだった。
まったく、ガキかよ。
こんな雪の日に外に出る奴なんかもちろんいない。真っ白な絨毯を敷き詰めたグラウンドは、まるで雲の上のようだ。当然ボールを蹴ったところで、ドリブルどころか軸足を取られリフティングすら満足にできない。
それでも最後の東邦のグラウンドを名残り惜しむように、俺達はボールと戯れ続けた。
 ここで若島津と過ごした3年間。この3年で俺の気持ちには劇的な変化が起こった。
若島津を好きだと気付いた。
どうにもならないと知りつつ、その気持ちを止めることは出来なかった。
明日からはもう、この若島津とこんなふうにふざけながらボールを蹴りあうこともなくなる。それぞれに行く道を選んだ。俺は埼玉に、アイツは名古屋に。
ボールを取り合ううちに足がもつれ、二人して雪の中に埋もれるように倒れこんだ。いつもの10倍くらい息が切れて苦しい。
けどこの苦しさは傍にいる若島津のせいだと思った。好きでたまらなくて、胸が締め付けられるようだ。
空から新たな雪が降ってきて、俺達が付けた足跡が跡形もなく消されていく気がしてたまらなくなった。

「若島津…」

 今言わなきゃ一生後悔すると思った。

「好きだ」

 ゴミみたいに降ってくるボタ雪を睨み付けながら、俺は告白した。
返事なんかいらなかった。ただ、胸の奥に燻り続けた思いを吐き出せればそれで。
ふと視界に影が下りた。若島津の、白くてキレイな顔が俺を覗き込む。気のせいか、目が潤んで揺れていた。ヤツの口から吐かれるフワフワとした白い息が幻想的に大気を舞う。そしてその霧の向こうに見える形の良い唇が、かすかに震えた。

「俺も……」

 たしかに若島津はそう言った。
俺はゆっくりと起き上がってヤツを見つめた。睫に雪の欠片がのっかって、重そうに瞬きをする。俺は手を伸ばしてそれをそっと払い除けた。
若島津の肌に触れたのはそれが初めてだった。
 俺は吸い込まれるように顔を寄せ、そして若島津は目を閉じた。

ファーストキスだった。

ガチガチに緊張して息を止めたままのキスだったが、若島津の唇は暖かくて、やわらかくて…。
 あの時の涙が出るくらいの感動を、俺は一生忘れない。

 

 

知能犯 2006/6/17 (Sat.)

 

 近頃、若島津はミステリー小説にハマっている。
ヒマさえあれば黙々とページを捲り活字を目で追っている。
俺はどちらかと言えば読書は苦手な方だから、溜まっていく文庫本の山を見てもとくに食指は動かない。アイツが本に没頭している間は、借りてきたDVDを観たり、音楽を聴いたり、ジョギングしたりして俺の時間を充実させることにしている。
まあひとつ屋根の下に暮らしているからといって、四六時中一緒に過ごさなくちゃいけないってわけじゃないしな。
けど、休日前の貴重な夜のベッドでまで読書をされたら俺としてもつまらねえ。

「続きは明日にしろよ」といっても「今いいとこだから」と、にベもない返事が返ってくるだけだ。
枕を持参でわざわざオマエのベッドに来てやってんのに、空気読めよ。コノヤロ。
俺は仰向けになって頭の後ろで腕を組むと、活字しか目に入ってないヤツの顔を下からマジマジと見上げた。
ツンと鼻筋が通っていて、下からのアングルで見てもまったくブサイクじゃない。いや、むしろ高貴な感じさえする。きれいな二重瞼に長過ぎない睫が隙間なく生え揃っていて、厚化粧のギャルなんかよりよっぽど目元がくっきりしている。
よくよく見ると目の下の頬にうっすらとソバカスがある。これは本人も気にしていて、最近ではせっせと試合前に日焼け止めなんかを塗っているみたいだ。「紫外線は百害あって一利なしなんだぜ」といって俺も勧められたが、顔にベトベト塗り物をするのは性に合わないから「色白の俺なんて気持ち悪いだろ」といって断った。
 …こんなに微に入り細に入り見つめているのに、若島津はてんで俺には目もくれない。頭に来たから、「オマエ、鼻毛出てる」って言ってやった。

「あ、そう?」

 おい。それだけかよ。

「ボーボーだぞ」
「うん…」

 くっそ。まったく相手にされてねえ。

「ついでに言うと眉毛も繋がってる!」

 やけくそに言い捨てると、俺はふて腐れて寝返りを打った。もういい。寝る。
すると背後からクスクスと笑い声がして、

「松山ってさあ、繋がってたよね、眉毛。あと井沢も」

 そうだっけ?俺、あんま人の顔なんて興味ないからちゃんと見たことないんだよな。…オマエ以外。

「ハ~~~キリがないや。続き明日にする」

 そう言って本を頭上のボードに置くと、起き上がってベッドを下りようとした。

「え、どこいくんだよ」
「鼻毛出てんだろ。洗面所」
「冗談だって!出てねえよ、うそうそ!」

俺は本気で焦った。気紛れな若島津のことだから、洗面所行ったついでについテレビでも付けて、
そのまま見出しかねない。せっかくの休み前なのに!

「やだ、ちゃんと鏡見てくる」
「いいじゃん、二人だけなんだから出てようと出てまいと!」
「よくない。俺はね、日向さんといる時は特にきれいにしておきたいの」

 なんだよそれ、気が抜けねえだろ、そんなの。俺とオマエの仲なのに。

「日向さんはさ、付き合ってる女の子と深く知り合う程、彼女が手を抜いて化粧もしなくなったらやだろ?気持ち冷めちゃうだろ?俺はいつまでも日向さんの自慢の彼氏でいたいんだよ」

なるほど、たしかに。…って、なんかすげえ嬉しいこと言ってくれるじゃねえの。ああ、オマエは間違いなく、俺の自慢の彼氏だとも。おおっぴらに見せびらかして歩けねえのが残念なくらいに。

「すぐ戻るから。待ってて」

10秒くらいの甘いキスをくれると、ヤツは部屋を出ていった。
 ………それからヤツは1時間戻ってこなかった。そうだ、今日はスパサカの日だってことをすっかり忘れていた。若島津はそれを見たいがためにあんなセリフで俺を喜ばせておいて、うまいことベッドをすり抜けていったのだった。
ア~~くそ!無理矢理にでも襲っちまえばよかったぜ!

 

 

欲しがりません、勝つまでは 2006/7/28 (Fri.)

 

 リビングからかすかにテレビの音がする。
若島津が毎週なにげに見ているサッカー番組だ。
すぐに戻ると言っておきながら、ヤツはリビングに回りテレビを付けた。俺が待っているのを知りながら。

「日向さん…寝ちゃった?」

ギシリと音を立て、若島津がベッドに乗り上げてきた。
1時間も待ちぼうけを喰らえば、そりゃー眠くもなる。俺はオマエと違って夜更かしタイプじゃねえからな。
ムカムカした気分に睡魔が覆いかぶさってきた頃だった。

「ごめんね」

 そう言って若島津が後ろから抱きついてきた。…いい匂いだ。
振り向いて強姦まがいにめちゃくちゃにしてやりたい衝動をグッと堪え、俺は返事を渋った。

「ねえ…ホントに寝ちゃったの?」

 不満気に耳元で囁く。ああ、その声、たまんねえ。
育ちがいい若島津は、言葉使いも周りの奴らとはちょっと違い、穏やかで丁寧な方だ。まあ試合となると別だがな。ハンドルを握ると人格が変わる、みたいにピッチに立つと一気に雄々しく変貌する。普段の物静かな声とは、迫力もトーンもまったく違う響きを放つのだ。
そして試合の日の夜は、ほんの少しいつもより掠れ声になり、これがまたベッドの中でたまらなく色っぽい。
若島津は、頑固に寝たフリをする俺に焦れて熱っぽく溜息をついた。

「日向さん…」

 後ろから回された手が次第に下へと動く。その動作に、重くなっていた瞼がこじ開けられたように全開した。
手は、ジャージの上からゆるく股間に触れてきた。指先で軽く撫でられ不覚にもピクリと反応してしまう。
それを確かめたアイツは大胆にも、下着の中に手首まですっぽりと突っ込んできた。
 背中に熱い吐息を感じる。と同時、俺の尻のあたりに触れていたヤツのモノがツンと硬くなり、存在感を増した。

「…欲しいのか?」

 俺は辛抱できなくなって低い声で呟いた。

「ん…欲しい…」

 すっかり勃ち上がった俺のを、愛おし気に揉みしだきながら若島津は言った。
そんなんならテレビなんか見んなよな。俺はベッドに入ってからずっとその気なのに。オマエが本を読み終わるのを、お預けされた犬みてえにおとなしく待ってたってのに。
そんなアイツの欲求を素直に満たしてやるのも癪にさわるので、俺は背中を向けたまま言ってやった。

「じゃあオナニーして見せてくれたら、挿れてやるよ」
「え」

 手の動きが止まった。
実をいうと3年間の遠距離生活の間、電話越しでのいわゆるテレフォンセックスってのは何度か経験がある。受話器の向こうで自らを慰める若島津の声を聞きながら、俺も自慰をする。お互いを触れることはできなくても、名前を呼ぶ切ない声と荒い息遣いに思いの外興奮したものだった。
あの時、どんな顔をして自分自身に触れて、そして達したのかこの目で見てみたい。
 若島津はしばらく押し黙っていたが、ゆっくりと下着の中から手を引くと、少し震える声で言った。

「…分かった」

 

 

Gの若島津 2006/7/29 (Sat.)

 

 分かった、って…え?
若島津はのそりと起き上がると、寝巻代わりのジャージに手をかけた。

「全部、脱ぐ?それとも…下だけの方が萌え?」

 も、萌え…って、おまえな。そういうふうに聞かれるとこっちの方が恥ずかしくなってくる。

「どっちでもかまわねえよ」

俺はかろうじて仏頂面を装おうと、半身を起こしてベッドの背板にもたれ、腕を組んだ。

「じゃあ…」

 そう言ってヤツはもぞもぞと太腿のまん中くらいまで下着ごとずり下ろし、下半身を露にした。
若島津のソレは、さっきの興奮の名残りで半勃ち状態だ。伏せ目がちの目元は羞恥のためか潤んで見えた。
プライドの高い若島津にとって、俺の下世話な要求はおそらく張り倒したくなる程、低俗で野蛮なものに違いない。けど、文句も言わずそれに従うということは、こいつなりに悪かったと思っているのだろう。
文庫本よりもテレビよりも後回しにされたことは今も腹が立つが、こうやってしおらしく俺の言うことをきく若島津を、健気でかわいいとも思う。
 指の長い、節くれ立ったデカい手が、充血しかけたペニスを包む。
浅く息を吐くと、指先を使ってゆるく扱き始めた。髪の毛の隙間からチラッと見える耳朶が真っ赤になっていた。
ハア、と短い喘ぎが切なくもれる。若島津のソレはすっかり形を変え、Tシャツをたくし上げるように天を仰いでいる。俺は思わずゴクリと唾を飲んだ。

「日向さ、ん」

 掠れた声が俺を呼んだ。
右手を大きく上下させながら、左手がナニの更に奥へとぎこちなく潜り込んでいった。
…て、おい。まさかソコも自分で弄るのか??

「んっ…ん…ふ」

 若島津は腰をくねらせながらゆっくりと両膝を立てた。露になったソコは、イヤラシイ色で俺を誘う。
俺のアソコはもう痛いくらいに張りつめて、すでに我慢の限界に達していた。
竿を扱く右手は動きを止め、左手の震える中指が触れるソコに全神経がイッちまったようだ。

「ア…は」

 握りしめたペニスの先からはガマン汁が溢れ出し、手の甲を伝って滴り落ちていた。指の腹で撫でられただけで、若島津のソコは淫らにヒクつく。俺の「男」を欲しがり、受け入れる準備を始める。
俺がヤツの体をそういう風に変えたんだ。

「ああ…っ日向さ…もう…俺…っ」

 指先にグッと力がこもり、突き刺すように動きを変えた。

「もっもういい!…若島津っ」

 液にまみれた手をひっぺがすと俺はヤツの体ごとシーツに押し付けた。
忙しなくジャージを脱ぎ去り、すでにヌルヌルに濡れまくった俺のを、暗い紅色のソコに宛てがった。

「あっ…あっ」

 腹の間でヤツのが弾けた。ナマ温い精液がTシャツに染み込むのが分かる。けど、そんなこた構ってられねえ。もう、ただ、今はコイツをめちゃくちゃにしたい。とにかく挿れて、中をかき回したい。
焦らされて爆発しそうなのは俺の方なんだからな!

 

 

俺のオトコ 2006/8/2 (Wed.)

 

 こんなにめちゃくちゃに抱いたのは久しぶりだった。
アイツの中に入ったまま、3回も立て続けに達してしまった。
ゴムも付けずにやったから最後はもうチャプチャプで、動く度に流れ出る俺の精液がシーツを汚した。
もうすでにヤツの体は性感の域を越えていて、追い上げられる苦痛からか何度も「ゆるして」と叫ぶように喘いだ。けどその奥底では確実に俺の「男」を欲していて、若島津のペニスからはひっきりなしに愛液と白いものがかわるがわる溢れ出ていた。
少しでも身じろぐと、ヤツのソコからは俺の放ったものがトロトロと流れ落ちる。その度、キモチ悪そうに眉を寄せ顔をしかめた。ティッシュじゃ間に合わないので、クローゼットからバスタオルを出してきて腰に敷いてやった。

「…死ぬかと思った…」

 掠れきった声で若島津が呟く。

「自業自得だ。オマエが散々焦らして、俺をないがしろにしたからだぜ」
「……うん」
「サッカー番組なんか、録画して後で見りゃいいものを」
「……それじゃ意味がない」

 ふん、どういうこった。そんなに大事なのかよ、俺とオマエの試合の結果以外が。
今だ涙で潤む瞳を俺に向け、じっと見つめてきやがる。くそ、そのけだるいカオ、たまんねえんだよな。
俺はついほだされた気分でその頬に目一杯やさしく触れ、見つめ返した。

「なんだよ…意味って」
「アンタ、毎週必ず映るから…見逃したくないんだ」

 え、俺?
若島津はちょっと顔を赤らめて、溜息を吐くように続ける。

「エッチの前に見るとさ…すっごい萌えるの。この人は俺のオトコなんだぜ、って。…これからこの男に抱かれるんだ…って思うと…」
「若島津…」

 思わず俺は赤面した。

「すごい興奮すんの…」

 言いながら若島津は俺の唇に指を這わせた。

「…焦らしてゴメンね」

 その手が首に回り、薄く開いた唇が俺の唇に寄せられた。しっとりとなめらかな舌が上唇を愛撫する。俺は応えるように舌を絡めるとヤツの口内に差し入れた。それはやさしく受け入れられ、深い口付けへと変わっていく。

「ん…っ」

 湿った音は新たな興奮の波を喚んで、あれほど限界を訴えていた俺達の体は性懲りもなく再び熱を持ち始めた。
俺は若島津の手を取って、すでに赤黒く勃起した俺のモノを握らせて言った。

「…コレはオマエだけのモノだ」
「日向さん…」

 だから、オマエも。俺だけのもんだからな!

 

 

テレビの中のアイツ 2006/8/26 (Sat.)

 

 広告代理店がもっともCMに起用したいJリーガーとして、若島津は常に名前を挙げられている。
実際今も5社のCMや広告に出演していて、一日テレビをつけていれば必ず一度はその姿を目にすることができる。
つい最近撮影が行なわれたという、某清涼飲料のコマーシャルが今朝から頻繁に流れ始めた。
超人気若手女優がメインのコメディータッチのCMで、物静かな若島津のキャラとのギャップが絶妙のコラボを生み出していて、放映開始を前にワイドショーでも取り上げられるという注目度だ。
これまでのシリーズでは、メイン女優が最後に決めゼリフを問いかけるとゲスト出演者がそれに答える、といったパターンだったが、今回はその耳に馴染んだセリフを若島津が先に言い、女優が「それは私のセリフです」というやりとりが新しく、お茶の間の反応を呼んだ。
まあ、それはそれでよいのだが。
 CMの中で二人がことごとく密着するので、見るたび俺はドキリとさせられた。
背中合わせで柔軟をしたり、空手着姿で組手をやったり。上半身ハダカの若島津と二人サウナに並ぶシーンには、思わず飲んでいた水を吹きそうになった。…そこまでサービスするこたねえだろ。
芝居だと分かっていても、俺の心中は穏やかではない。サウナの密室で、ほぼハダカの男女が肩も触れあわんばかりの距離で二人きり(そんなわきゃねえけど、つい見たまま想像しちまう悲しい視聴者だ)
 まあ、ようするに、…これはヤキモチだ。
練習から帰って晩飯を食い終わるまでに、すでに3回はこのCMを目にしている。
汗に光る艶やかなヤツの裸上半身が、一億三千万人の視聴者の目に触れるのかと思うと、俺はワケもなく大声で叫びたくなってしまう。…実に幼稚な独占欲だ。
 若島津はというと、今夜はそのスポンサーに招かれて食事に出かけていた。
放映開始祝いと称してのことだが、実はこのゲスト出演をキッカケに、近々新発売の商品のCMへの出演も…という交渉も兼ねているらしいとヤツの専属マネージャーから聞き出した。
例の女優も一緒なのかと、俺があまりにしつこく聞くから渋々答えてくれたのだ。
 ピンでの接待ということで少しは安心した。安心はしたが、CMが流れる度どうしてもイライラは止められない。明日は試合なので気休めに酒をあおることもできず、こういう時人はタバコを吸うのだろうか、などとぼんやり考えてみたりした。
ビール一杯くらいなら…と台所に立ったその時、ようやくアイツが帰ってきた。玄関に何か大きな荷物をドサッと置く音がしたが、俺はとりあえず速やかに冷蔵庫から離れソファーに腰かけ知らんぷりを決め込んだ。しかし一向に若島津がリビングに現れる気配はない。荷物だけ置き、再び外へ出たようだ。暫くしてまたドアが開くと、先程と同じようなドサッという音がした。何かと思い、俺は玄関に向かった。

「あ、まだ起きてた?ただいま。」
「おかえり…つか、なんだ?その箱。」

 玄関には底が浅くて小さめの段ボールが4つ、積み上げられていた。

「うん、CMのアレ、こんなに貰っちゃった。社員の人に部屋まで運ぶって言われたけど、日向さん出てくるとマズいから下までで帰ってもらったんだ。なんだ、起きてんなら呼べばよかった。結構重かったよ。」

 しゃべりながら靴を脱ぎ、上がってきた若島津を俺は引き寄せた。

「おかえり…」
「…どしたの?」
「……」

 腕に馴染みきった若島津の体温と匂い感じて、さっきまでのイライラが少し治まった。まるで精神安定剤のようだ。
若島津はやさしく俺の背中に腕を回すと、

「お風呂、一緒に入ろうか」

 と、色を含んだ声で囁いた。

「え、でも明日試合だし…」
「触りっこだけね。」

 チュッと軽くキスをくれると、ヤツは俺の腕をすり抜けていった。

「先に入ってるから、玄関のソレ、2本冷やしといて。」

 俺はこんなもの飲まなくても、元気ハツラツなんだけどな!

 

 

ささやかな幸せ 2006/8/29 (Tue.)

 

 考えたら、若島津の後ろ姿ってあんま見たことがない。
試合では俺が前線で、振り向くとヤツは大声で叫びながらディフェンスを仕切っている。
遡ってみると学生時代、アイツのことが気になり始めた頃も、姿を探してキョロキョロしてると決まって若島津の方から呼び掛けられてたっけ。

「何探してんですか?」って。
オマエを探してんだとも言えず、「別に」なんて知らん顔したりして。

「なんか降りそうかなー、雨」

 窓辺で空の様子を伺いながら、洗濯をしようかしまいか迷ってる若島津の後ろ姿をマジマジと眺めながら、ささやかな幸せを感じるのだった。

 

 

爪切り 2006/8/31 (Thurs.)

 

 ソファーで足の爪を切っていると、ジョギングを終えシャワーを浴びた若島津がドッカと横に腰かけた。
石鹸の匂いをフワフワ漂わせながら俺の左肩にもたれてくるが、構わずパチパチと続ける。

「…なんだ」
「日向さんの足、見てんの」
「あっそ」
「スゴイ足だなーと思って」
「ブサイクだろ?」

 ガキの頃からひたすらボールを蹴ってきた俺の足は、お世辞にもカッコイイとは言えない。親指は変型してるし、爪はまともな形のなんていっこもないし、いつもどっかしら内出血で不健康な色をしている。寄ってブ厚くなった爪は爪切りの刃ではさむことができず、まずヤスリで削いで薄くしてからパチンとやる。

「ね、俺にやらせてよ」

 ヤツが俺の足先に触れてきた。デカくて温かい手に愛おしむように包み込まれ、なんだか夢見心地に気持ちが良い。

「んー、けどなあ。けっこう爪の切り具合って影響あんだよな」
「じゃあ小指だけ。ね?」

 左腕にはヤツの胸元がやわらかく触れていて、喋る度にその振動が伝わる。
こんなにカワイくてキレイな彼氏に「おねがい」されてはダメとも言えず、利き足ではない左の小指だけ、ということで爪切りを渡した。
刃先で捉えられないくらい塊と化したソレを慎重に削ぎ、もういいかな、というふうに俺の顔を伺った。

「いいよ、それくらいで」
「ふふ、キンチョーするな」
「1ミリくらいな」
「えっ、細か!」

 左脚をすっかりヤツに預け、ちょっとした王様気分だ。
下を向くヤツの項にホクロが見えた。そそるようにチラチラ覗くその小さなホクロがあまりにもイヤラシくて艶かしくて、パチンという音の後「これくらい?」と顔を上げかけた若島津の項に思わず喰い付いてしまった。

「あっ…もう!いきなり」
「オマエが良い匂いすっから…」

 テキトーな理由をつけ、項に顔を埋めたまま抱きしめた。

「ダメ…午後練あるんだから」

 陽の光がサンサンと照り込む午前中からサカッちまうのは、やっぱオマエがフェロモン振りまいてるからだっつーの。

「ダメだって…」
「んじゃ‥キスだけ」
「……」

 ゴトッと爪切りが床に落ちた。
なかなかその唇を離せなくて、そのまま俺達は30分くらいキスし続けた。
 あとで鏡を見たら、お互いの唇がプックリとふやけていて、アハハと笑ったら、笑いごっちゃないと若島津にゲンコツを喰らっちまった…。

 

 

車内 2006/9/1 (Fri.)

 

 親父の13回忌------。
たまたま今日は休日で、俺は若島津を連れて実家に帰った。
 若島津と親父は面識はない。けどガキの頃、ヤツが俺の家に来た時はいつも遺影を見て、仏壇に手を合わせていた。仏さんのある家では必ずそうしろと親御さんに厳しく躾けられていたそうだ。
しかしそれも学生の頃までのことで、プロになってからこっち、つまり俺達がそういう関係になってからはトンとご無沙汰だった。なんとなく、若島津もうしろめたさを感じてか俺の家族と顔を合わせることを避けていたようだ。
今日は節目の命日ってこともあって、思いきって若島津を連れ出した。
最初はキモチ渋っていたが、元が礼儀正しく律儀な性格なので「きちんとしないとな」と、礼服に身を包み俺の車に同乗した。
 懐かしい幼なじみということでお袋や弟妹も若島津を歓迎してくれた。ちなみに俺達が同棲していることを、家族はまだ知らない。ただ、今も同じチームで理解しあう息子の一番の親友として身内の中に招き入れてくれた。
昔話に花が咲き、若島津も和んだ様子で俺はホッとした。
一通り仏事を済ますと、明日も練習があるからと俺達は実家を後にした。
午後練のみだから泊まっていってもかまわなかったのだが、俺は一時でも早く若島津と二人きりになりたくて、気が急いていた。
 さっき俺は仏前で、親父に報告をした。「一生の伴侶に若島津を選んだ」ことを。
教会で神に誓うように、悩める時も健やかなる時も、みたいに思いつく限りの誓いの言葉を場違いな寺のお堂で親父にぶちまけた。親父がなんて思ったか、許してくれるかなんてことは二の次にして、秘密事を吐き出せたことで俺は清々しい気分だった。
そして親戚一同での会食の場に向かう途中、若島津が小さな声で呟いた。

「親父さん…日向さんを、俺にくれるかな」

 けっこう真剣にお願いしちゃった、と少し寂し気に笑う横顔がたまらなく愛しくて、今すぐにでも抱きしめたくなった。

「え…こんなところで…」

 山道に入り、とっくに閉店した蕎麦屋の駐車場に車を止め、俺は強引に助手席のシートを倒した。
黒いスーツに黒のネクタイの若島津は、厳かで禁欲的でいつもとは違った印象を覚える。それが余計に「掻き乱したい」衝動に火を付けた。
唇を奪いながらシートベルトを外す。

「こ…ここで…?」
「家までガマンできねえ…」
「あ…」

  無遠慮にYシャツの下をまさぐり、ベルトに手をかけた。気がはやるあまりバックルがなかなか外れなくてイラついてしまう。面倒くさくなって先にファスナーを下ろすと中に手を差し入れた。

「ハ…っ」

 若島津の腕が首にしがみついてキスをせがんだ。貪るように口付けながらも頭のどこかでは冷静なのか、

「ゴムして…車汚れる…スーツも」

 …だよな。脱ぎかけた上着の内側にチラリと見えるクリスチャンディオールのタグ。
破かないように上も下も脱がせ、運転席の背もたれにポイと置くと、ダッシュボックスの中に常備してあるコンドームの箱を取り出す。片手で無造作にばらまき、そこからかろうじて2枚拾い上げた。

 

 

車内2 2006/9/3 (Sun.)

 

 180センチ以上の男二人でカーセックスなんてよくやるなと自分でも呆れるが、どうにも止まらないんだからしょうがない。
白のYシャツに黒ネクタイが絡み付いた若島津の下半身を剥き出しにして、腰の疼くままに揺さぶり続ける。そしてヤツも、俺の背中に足をガッツリと絡ませ、時おり自分からも腰をくねらせてはさらなる快感を求めた。
イッた後、繋げたままでしばらく余韻に浸る。なんとなく離したくなくて、覆いかぶさったままヤツの体温や匂いを存分に味わっていた。
さすがにアレの方が萎んできて、ゴムが弛んでくるとヤバいので手早く抜くとティッシュに包んで車内のゴミ箱に放り込んだ。

「ダメだな、俺は…また流されてしまった」

 されるがままになっていた若島津が溜息とともに呟いた。

「オマエのそういうとこ、俺好き」

 思ったまま口にする。
なんだかんだと取り繕ってみても、若島津はセックスが好きだ。役割りやメカニズムが違う分、アイツの身体の中で起きているすべての事を把握することはできないが、理性が抗えないくらいの快楽がそこにあるらしい。
最初のうちは「俺ってウマイのかな」なんて有頂天になったりもしたが、どうやらそんな単純なものではないようだ。
なんかちょっと、悔しい気もする。アイツにだけ感じて、俺には分からない部分。

「そろそろ出よう」

 踝に絡まっている下着を引き上げながら若島津が促した。

「また巡回パトカーに職質されたらイヤだ」
「…そういやそんなこともあったな、昔」
「運転代わる?」
「いや、オマエは寝てろ」

 狭い車内で衣服を整えると、店の前の自販機で飲み物を買って車を出した。

 

 

温泉浴衣 2006/9/4 (Mon.)

 

 昔、同じように車内でエッチをした後、半裸状態でイチャイチャしていた時に職務質問をされたことがある。
 あれはまだ俺が海外のチームにいて、超遠距離恋愛の真っ最中だった。
3ヶ月ぶりくらいの逢瀬でとにかく心も身体も燃え上がらんばかり。何しろまだ俺はハタチになったばかりで、若気の至りで色々無茶なこともした気がする。
若島津のマンションに籠って2晩連続で夜通しセックス三昧、けどさすがにチームの連中に日本の土産話のひとつくらい作らねえとマズイだろうってことで、帰国3日目にしてようやく近場の温泉に宿を取って出かけることにした。
ウマイものを食って、温泉に入って、日持ちのする温泉まんじゅうを土産に買って、俺は日本での休日を満喫した。
古傷に効能のある温泉が車で10分くらいのところにあると旅館の女将に聞いて、行ってみようという話になり、夜中に車で出かけることにした。
デカい缶詰めの空き缶に500円玉を自己申告で入れるという無人の露天風呂で、大丈夫かよなんてビビりながらも入ってみれば、意外にきちんと管理されていてまずまずの快適さだった。星空がやたらキレイで、学生時代に習った星座を見つけては名前を上げたり、その頃の自分達を思い出しては妙にしんみりしたりもした。
 そんなんでつい時間を忘れのんびり浸かり過ぎてしまったせいか、温泉を出て車で3分程走ったところで若島津が「ちょっと外の空気を吸いたい」と言った。
10月とはいえ深夜の山道はかなり空気が冷たく、茹だった体を冷ますには丁度良い。
道路脇のUターンスペースに車を止め、木々の合間から見える街の灯(といってもまばらだが)をしばらく眺めていた。
旅館の浴衣のままで出てきた俺達はけっこう無防備な姿をしていた。布一枚隔てたその下には白くて清潔な身体が静かな鼓動とともに息づいている。匂いたつような色気をはらんだその横顔に見とれていると、視線を感じたのか若島津がふと俺を見た。

「?」

 なに?といったように瞳だけで問いかける。

「なんでもねえ」

 そういいながら唇を寄せた。
そっから先は当然のごとく止まらない。薄い浴衣の布越しにお互いの体の変化を即座に感じ取ると、「バカ」とか「うっせえ」とかののしり合いながらも車の中に若島津を押し込んだ。

 

 

温泉浴衣2 2006/9/6 (Wed.)

 

 事後の甘い空気に酔いしれ、なかなか体を離すことができない。かろうじて袖が絡まる浴衣が二人の裸体を隠していた。
コンドームを用意していなかった為、車内には精液特有のニオイが充満する。けれどそのニオイすらも二人の共通点かと思えばなんだか愛しく、そしてさらなる性欲の呼び水のように鼻をくすぐる。

「まだ足んねえ」
「ん…でも、ヒザ無理しちゃうし…続きは帰って」

 その時だ。ウインドウを叩く音に俺達は跳ね起きた。

「すいませーん!ここで何されてるんですかー?」

 警棒を持った警官が二人、車の中を覗き込んでいた。…おい、空気読めよな。この時間、こんなところで止まった車中に人がいれば、なんだかだいたい察しはつくだろ。

「すいませんね。先日ここらで事件がありまして。免許証よろしいでしょうか」

 そう言われても、今この状態では…。しかし相手は御上だ。このまま逃げ切ることは無理だと悟った俺は開き直った。

「あの、ちょっと今取込み中なんですけど」
「はあ、さようですか。では窓をすこーし開けていただいて、免許証を」

 若島津が声を出さずにサイフを指差す。そっから免許証を抜くとウインドウを1cm程下ろし、そろそろと差出した。

「…はい。結構です。ご協力ありがとうございます。こちらはご旅行で?」
「ええまあ」
「失礼ですがご職業は」

 若島津がこの世の終わりのような顔をした。

「…Jリーガーです」
「…ですよね」

 一度聞いたら絶対忘れられない自分の名前を、ヤツはガキの頃から嫌っていた。きっとこの警官も名前くらいは知っているに違いない。近頃CMにも引っ張りダコの美形Jリーガー、キーパーとしては異例のスピード出世でレギュラー入り最年少記録を持つ若島津のことを。

「もういいですか…」
「はい、どうもお邪魔しました」

 まったくだ。
足音が遠のくと、俺達はいっきに脱力した。若島津はかなり落ち込んでいて、あの警官達がゴシップ好きでないことをブツブツと念じていた。
おまけに宿に帰ってからの続きのお楽しみは「気分が乗らない」と言ってお預けになってしまった。
あーあ、まったくツイてねえ。
 でもまあ、そんな事も今となっては笑える思い出話だけどな。


アレの日 2006/9/14 (Thurs.)

 都内でOLをしている若島津の姉ちゃんが、ある日一緒に飲もうと連絡をしてきた。
その日は俺達もアウェーでのデーゲームで都内にいたので丁度いいって事で、試合とミーティングを終えると若島津と連れ立って約束の場所へ移動した。
姉ちゃんは俺のことを、弟の幼なじみ兼無二の親友としてガキの頃から可愛がってくれている。けど会うのは学生の時以来で、アカ抜けてすっかりイイ女になった姉ちゃんに少しドキリとした。
 やっぱ、似てる。今も昔も美人な姉ちゃんは、若島津の女版だ。ひとつひとつ顔のパーツを比べてみると系統はなんとなく違うのだが、醸し出す雰囲気とか、漂うオーラとか、武道家特有の隙のなさとかは遺伝子レベルで同じなのかもしれない。

「また振られたのかよ」

 会うなり若島津が開口一番言ったセリフに俺はまたもやドキリとした。

「ええ、おかげさまで」

 姉ちゃんも負けてはいない。まるで天気の話でもするかのようにさらりと流す。

「日向さんは知らないと思うけど、この人彼氏と別れると必ず俺を呼び出して酒を奢らせるんだ。名古屋にいた時もわざわざ新幹線に乗ってたかりに来たんだぜ。切符買う金で自分で飲めって言いたいよな」
「自分のお金でヤケ酒なんて虚しいからイヤなの。それに今はこうして関東のチームにいるんだから、たまには会ってお酒くらい奢りなさいよ。ねえ?コジロー君も帰国したことなんだし」

 早口に言いたいことをぶつけあいながら、姉ちゃん指定のすげー高そうな隠れ家的創作料理の店に到着。バカ丁寧に出迎える店員の歓迎もソコソコに案内された個室で一息ついた。
若島津の機嫌が今一つ悪いのは、ひょっとして今日がアレの日だからもしれない。
 この一年一緒に住んで分かったのだが、どうやら若島津には周期的に、どうしようもなく発情してしまう時期があるらしいのだ。
普段は俺の方が誘いをかけ、ヤツがそれにノッてくるってのがもっぱらの定跡なのだが、ごくたま~に若島津から激しく求められる時がある。
 一番最初そうなった時のアイツに迫られた時、俺は正直「ヤラレル」のかと思った。
最終的には体を開いて俺を受け入れてくれたから、やっぱり若島津はそっちなんだな‥と思ってホッとしたけど。
その「発情期」が俺の計算(どんなんだ)が正しければそろそろなのだ。強引さでは誰にも引けをとらないこの俺が手も足もでないくらい、ヤツの求愛行動は激しく俺を翻弄する。それはもう男冥利につきる一夜なのだが、この若島津の不機嫌さからすると今夜はかなりキテルみてえだ。
もしかしてこの呼び出し、断った方がよかったのかもしれない。

『せっかくの姉ちゃんのお誘いだろ。俺も久しぶりに会いてえし、行こうぜ』

 そう言って促したのは俺だった。若島津と一生付き合って行こうと決めたからにはヤツの家族も大事にしたい。そう思っての発言だったが、アレの日が近いってことに気付いていれば…。
 俺は密かに後悔した。

 

 

男として 2006/9/15 (Fri.)

 

「…酔えないわ」
 すでにビール大瓶3本を空け、焼酎にチェンジして小一時間。この酒豪っぷりは若島津以上かもしれない。

「しかし姉ちゃんを振る男がいるなんて、俺は信じらんねーな」

 早いトコ酔わせて機嫌よく帰したい。そしてそこらへんのホテルに若島津を連れ込んで‥‥。
俺の脳内はあれこれと至らぬことで錯綜していた。考えたら自宅エッチばかりで最近ちょっとマンネリだもんな。たまには環境を変えて新鮮な気分で肌を合わせたい。
チラリと若島津に目をやると黙々と水割りを飲んでいる。

「でっしょー?ホントふざけてるわ」

「どうせまた腕っぷしをご披露したんだろ、彼氏の前で」
 若島津が不機嫌に合の手を入れる。…腕っぷし?

「ええ、そうよ。だって…チンピラに絡まれて…恐かったんだから!」

 それから先はまるで紙芝居を読むように滑らかな口調で、姉ちゃんの武勇伝は語られた。
彼氏と二人で夜道を歩いていると、止まった車の中からいかにもガラの悪い男二人が出てきてこう言った。
『やいやいおめーら、今俺達の車の中を覗いていったろ。大事な商談の内容を盗み見しただろ』
 よく分からないインネンをつけられて、結局金を払えと脅された。彼氏は頑張って「払う気はない」と言ってみたが、なにがなんでも脅し取る気のチンピラの脅迫的な態度に信念をねじ曲げそうになった。そこで姉ちゃん、

「払うことないわよ!だってその車、外からなんにも見えないじゃない!アタシ達なにも見てないわ」

 なんだとこのアマ、とありきたりな脅し文句で姉ちゃんに襲いかかろうとするチンピラ。ここで彼女を守らねば男の恥とばかり彼氏が「やめたまえ!」の「や」の字を口にした瞬間、男二人が次々にぶっ飛んだ。
若堂流回し蹴り炸裂。
 …そして男は身を引いたそうな。

「意味わかんない。男のプライドってナニ?いいじゃん、助かったんだから」

  …気持ち、分からなくもない。実は俺にも似たような経験が。
うーんと返答に困ってビールをぐいっと流し込む。苦い過去のようにそれはジガジガと喉を刺激した。
 そんな俺を若島津は遠いとこを見るような目でみつめていた。
生意気だった中一の頃。スポーツ特待で私学のボンボン学校に潜り込んだ俺は明らかに周りからは浮いていた。
とにかくサッカーさえできればいいってことで、色んな面で優遇される俺を快く思わない連中も中にはいて、入学してひと月も経たない頃、上級生数人に定番の裏庭へ呼び出しを喰らった。
目つきも態度も悪い(そんなつもりはないのに)俺はそいつらと対峙してよりいっそう反感を増幅させちまったらしい。
 なんだかんだと押し問答の末、とうとうそいつらの一人が俺の胸ぐらを掴んで一発、というボンボン私学にはありえなさそうな場面展開になった、その時。
風のような拳が俺の横からすり抜けて、目の前で人が宙を舞った。振り向くと、ビックリしたような顔で立ち尽くす若島津がいた。

「…ごめん、様子を見に来ただけなんだけど…つい」

 つい、って。おまえな。
それからは一年坊主が上級生をぶっ飛ばしたってことで、とにかく学園中大騒ぎ。いつのまにか騒ぎの主犯は若島津で、俺は蚊屋の外に追いやられ、ヤツは一週間の停学。一年の時にレギュラーになれなかったのもそれが原因と言っていい。
 まったく…男として立つ瀬がないとはこのことだった。

 

 

丸っこくてピンク 2006/9/21 (Thurs.)

 

「男はさ、好きな人を自分の手で守ってやりたいんだよ。」
 まるで自分自身に言って聞かせるように若島津が呟いた。
守ってやりたい好きな人…それは俺のことだと思っていいのだろうか。

「えらく入り込んだ言い方ねー。まあ彼女がいる男ってのはたいがい理想とエゴを履き違えてるのよね。あんたもそこらへんの男と同じなのね」
「えっ、彼女?」

 俺は思わず聞き返した。

「名古屋にいる時だっけ、仕事で近くまで行ったから一晩泊めて欲しくて電話したの。そしたら『彼女が来てるからダメだ』って断られたのよ。ね、まだその子とは続いてるの?」

たぶん俺の顔は目尻が吊り上がって空恐ろしい顔になってたに違いない。「へー、知らなかったなー」と思いっきり棒読みセリフでヤツの顔を睨み付けた。すると若島津は呆れたように溜息をつくと、テーブルの下で俺を指差して『ア・ン・タ・の・こ・と・だ・よ』と姉ちゃんに気付かれないようにブンブン振ってみせた。
ああ、なんだ…俺か(ホッ)

「どんな子かって聞いても教えてくんないの。コジロー君会ったことある?」
「い、いや~~~、俺は…」
「もー、こんなかわいい顔して女連れ込んで…ムカつくわー。生まれた時はね、女の子みたいに白くて可愛くて」
「…姉さん、酔ってきたんじゃない?そろそろさあ」
「もうね、オチンチンなんてこんな!丸っこくてピンク色してて」
「もうやめてくれよ。それ、セクハラ」
「いいじゃないの。コジロー君しかいないんだから。あーあ、あの頃が懐かしいわー」

そのコジロー君は若島津の丸っこくてピンクのそれを思い浮かべてちょっとヤバいことになりそうだ。
昨夜、悪戯心でヤツのパンツに手を突っ込んで肘鉄とヒールキックを喰らった時の、ナマナマしい記憶が蘇る。
試合の前日の若島津は、ほんの少し触れることさえも許してくれない完全シャットアウト状態だ。それくらい己に厳しくなくっちゃプロの選手は勤まらないが、それでも目の前にいればついつい触りたくなってしまうのは男の性なわけで。

「すいません、おあいそお願いします」

 部屋の壁に取り付けられている内線電話を取って、若島津が強引にシメ始めた。
まだ飲み足りないとブーブー文句を言う姉ちゃんを尻目に着々と帰り支度を進める。

「悪いけど、今夜はジムに予約を入れてるんだ。キャンセルはしたくない」

 へ、そんなこと聞いてねえぞ。

「分かったわー。まあ、適当に酔えたし、満足よ。付き合ってくれてありがとね。コジロー君も」
「いやあ。またいつでも…」

 73キロのかかとが俺のつま先をぐいっと踏んづけた。クソ…すんげえ痛い。
酔ったとはいえ足取りはしっかりとした姉ちゃんを、慌ただしく止めたタクシーに押し込むと一万円を握らせて見送った。

「バカ、いい顔しすぎなんだよアンタは」
「…なんならオマエだけ先に帰ってもよかったんだぜ?ジム行くんだろ」

 なげやりに返すと、若島津の腕が急に接近してきて俺の指を絡め取った。

「自宅ストレッチと、ちょっと奮発してホテルでエクササイズ。どっちにする?」

 …なんだ、そういうことかよ。
俺はガラにもなく赤面しつつも、迷わず後者を選択した。

 

 

2006.5.15〜9.21(お海老)