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携帯電話
最後の選手権を有終の美で飾り、俺を含む一部のサッカー部員は次なるステップに向けて動き出していた。
俺はすぐにでもプロチームと契約を結びたかったが、U19絡みの事情で当分は代表合宿に専念するという選択を余儀なくされた。
しかし東邦特待生という有り難い立場からいったん放り出されれば援助も受けられなくなり俺は無収入、家族の生活を助けることも出来なくなる。
そんな窮地に追い込まれた俺を救ってくれたのは、またしても小泉京子女史だった。 小6で俺を東邦に拾い上げてくれて、6年間何かにつけて面倒を見てくれた保護者のような存在である。
その彼女が今度はマネージメント会社を立ち上げ、俺を所属タレントという名目で雇ってくれたわけだ。
わずかながらの基本給に働きに応じた歩合給を乗せてくれる。それは実家へ仕送りをするには充分の収入だった。
契約と同時に携帯電話を持たされた。あらかじめ登録されていた事務所と小泉さんの番号以外は真っさらな電話帳。とりあえず実家の番号を入れてみた。
おそらくそれ以外から掛かってくることもかけることもないだろう。だいたい俺は電話無精の話し下手だ。あまり干渉をしない母親でさえもたまには近況を電話しろと愚痴をこぼす程である。
歴史の教科書ほどもある取扱説明書を片手に、掌に収まる程の小さな機械をあれこれと弄っていると、若島津が風呂から戻ってきた。
「それ、海外でも使えるやつ?」
「ああ、みたいだな」
すると若島津がなにやら引出しの中をごそごそとかき回し、深緑色の携帯電話を取り出した。
「おまえ、持ってたのか?」
「親に持たされたんだけどね。必要ないから仕舞い込んでた」
「必要ないって…」
「だって話したい人はいつもそばにいるし。二人でいる時にかかってきたら邪魔だろ?」
そう言ってニコニコと笑う。
「充電器どこだったかなあ」
今度はクローゼットに頭を突っ込んでごそごそ始めた。
「いつから切れてんだよ。家から電話来てたかもしんねえのに」
「えー、3年くらい前?」
「……」
俺は心底呆れた。律儀で生真面目な表面を持つ若島津だが、時々浮世離れした行動をとることがある。
坊ちゃん育ちだからか物欲だとか、目新しいものなどへの興味や執着もあまりない。
一方での、自分のこだわりにのみ固執するあの頑固さはいったいどこからくるんだろうと不思議なくらいだ。
それだけほったらかしにしていた携帯電話を、今度は早く充電が溜まらないかとじりじりしている。
「3年もほっときゃスッカラカンだろ。気長に待てよ」
「だって、早く日向さんと番号交換したい。メルアドも」
「勝手な奴だな」
言いつつ顔が綻んだ。
卒業が近付くにつれ若島津が素直になっていく気がする。こっちがこそばゆくなるようなセリフを臆面もなく言ったりする。
不覚にも俺が赤くなってしまうのを面白がっているようにも見える。ちょっとムカついて無愛想を決め込んでいても、そんな俺をニコニコと眺めていたりする。
しかしその目がいつも寂しげなのに俺は気付いてしまった。卒業まであと何日、そう思うと寂しくてやるせなくて、意地を張ったり恰好つけたりする時間も惜しくなる。
若島津も同じ気持ちで甘えてくれているのかもしれない。
「若島津…こっちこいよ」
「……」
「充電終わるまで」
「明日は…」
「明日のことなんか気にすんな。今を大事にしよう」
柄にもないセリフに自分で赤面しそうになったがグッとこらえた。逆に若島津は見る見る顔を赤くした。
「そういう誘い方、あんたらしくない」
「俺には似合わねえか?歯の浮くようなセリフは」
「…ううん…落ちた」
そう言って笑いながら、若島津は首に腕をからめ抱きついてきた。
甘く触れ、深く合わせ、大人のようなキスをする。俺は若島津の腰を抱いて静かにベッドに横たえると一秒一秒をゆっくりと惜しむように、白く滑らかな素肌に唇を落としていった。
若島津はシーツの上に転がる携帯電話を手探りで取り上げると、片手で器用に電源を切った。
「こういう時かかってきたら、邪魔だろ?」
「…そうだな」
俺は息絶えたその物体を受け取ると、隣の若島津のベッドに放り投げた。
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