ラストクリスマス

 

 今日はクリスマスイブ。
華やかなイルミネーションや街中に流れるクリスマスソングを聞いていると、東邦での最後のクリスマスを思い出す。

 選手権を数日後に控え、俺達サッカー部は世間のイベントごとなどには全く無縁の日々を過ごしていた。
シード校であるため初戦から気の抜けないチームとの対戦だ。相手校の資料や地区予選の録画ビデオを見ながらああでもないこうでもないとホワイトボードの磁石が動く。今日の意見がまとまって解散となっても、明日になればまた同じように念の入った作戦を立て直す。いくら2連覇中の優勝候補といえど大会が始まるまでは、いや始まってからもこの緊張感は解けないのである。

 寮に帰るとまず食堂に向かった。グラウンドでの練習を終えてのミーティングが長引き、いつもより小一時間ほど遅くなってしまったため腹ペコだった。
食堂に入ると、窓際のわずかなスペースに見慣れない大きなクリスマスツリーが飾ってある。それは電飾を纏ってチカチカと仄めいていた。

「理事長さんからのプレゼントですよ。寮にはツリーもないのかって驚かれて‥今日は朝から飾り付けにてんてこまい」

 寮母のおばさんがあれこれいきさつを説明してくれた。厨房のそばでいつもかかっているラジオからは懐かしいようなクリスマスソングが流れていた。

「ワムのラストクリスマスだ。ウチの母ちゃんが好きでガキの頃よく聞かされたよ」

 誰かが言った。
メシも心なしか豪華で、いつもより品数が多い。聞けば理事長が選手権への気付けにうまいものを食わせろと金一封をくれたそうだ。

「今日は食後にケーキもあるんだって」

 若島津が耳打ちした。

「へえ、豪勢だな」
「ちっちゃなケーキだけどね」

 おばさんが遠くから合の手を入れた。

「おばさん地獄耳だな」
「健くんがニコニコ嬉しそうな顔してるから何喋ってんのかすぐ分かった。あんた甘いもん好きだもんね」
「そんなに好きなわけじゃないけど」
「カッコつけんなよ」
「べつにー」

 わざととそっぽを向きながら若島津は鶏のからあげを頬張った。
メシが終わって食器を片付けながら若島津が言った。

「おばさん、ケーキ部屋に持ってって食べていい?」
「いいけど?じゃあラップかけてあげるわ。あとお皿は朝までに洗って返しといて」
「はーい。あ、二つね」
「なんだよ、わざわざ部屋で食うのか?」
「風呂に入って落ち着いて食べたいじゃん?」
「ふーん、そんなもんかな」

 いそいそと二つの皿を大事そうに持って若島津は部屋に戻っていった。
玄関に置きっぱなしだった二人分のバッグを抱えて俺も部屋に向かう。

「あ、ごめん。荷物忘れてた」
「いいけどよ」

 若島津はこの寒い夜に窓をあけていた。近寄ってみるとわずか15センチ程のベランダとも呼べないせり出しにケーキの皿を置いていた。

「天然の冷蔵庫。風呂上がるまでここで冷やしておこう」
「さみーな。早く閉めろよ。部屋まで冷えちまう」

 風呂に入り、点呼表に丸を付けるとそろそろ消灯という時間になった。
一足遅れて部屋に戻ると、勉強机の上にはケーキが並べられ小さな蝋燭に灯が灯っていた。

「なんだ、この匂い」
「アロマキャンドル。前に誰かにもらった。いい感じだろ?」
「女だろ」
「もう忘れた」
「そういうの、大事にとっとくんだ」
「何、やきもち?」
「バーカ」

 俺の椅子を引いてどうぞと言うので促されるままに腰かけた。

「じゃあ、日向さん、メリークリスマス」
「あー、うん。メリークリスマス」

 デカい男二人がプラスチックの小さなフォークでケーキを突つき、東邦最後のクリスマスを祝った。俺よりもひと回り大きな手をした若島津が小指くらいのフォークを持って背中を丸めながら嬉しそうにケーキを食っている。

「うまいか?」
「うん。日向さんは?」
「俺はー、甘いもんそんなに得意じゃねえからな。半分やるよ」
「ありがとね、付き合ってくれて」

 若島津は幸せそうに笑って言った。時々香ってくるシャンプーやら石鹸やらの匂いに体中がこそばゆくなってくる。もうすぐ選手権だっていうのに、欲しくなる。大会が終わるまでは無しと二人で決めたのに、我慢がきかなくなりそうだ。

 ふいに若島津が言った。

「一緒にいられるのは、今年が最後かも‥‥」
「んなことねえだろ。どこにいたって会おうと思えばいつだって会えるさ」
「そうかな…」
「なんだよ。おまえはその気がねえみたいだな」
「会いたくなったら会いに行ってもいいの?」
「あたりまえだろ。俺はこれからもずっとおまえのことを…」

その先を言うとそういうムードになりそうで俺は言葉を止めた。

「ねえ、日向さん…今日はあの、決め事…」

「……」
「いや、なんでもない。…お開きにする?火災報知器鳴ったらヤバいよね」

 半分も溶けていない蝋燭を吹き消すと、部屋は一気に暗くなった。俺達はそのまま動かずに、豆電球の灯に目が慣れるのを待った。
顔が見えないことをいいことに、俺は若島津の輪郭を探し出しじっと見つめていた。本当はもっと普段から、この綺麗な顔を穴が開く程見つめたい。目や眉や鼻、唇の形、どんな小さなホクロのひとつも見逃さずに目に焼き付けたい。けどいざ若島津と目が合うと照れくさく、突慳貪になってしまう。何度体を重ねても、行為が終われば無愛想に振舞うことしかできない自分が情けなかった。

「日向さん…」

 いつのまにか目は慣れ、若島津は俺の視線を捉えていた。慌てて目を逸らそうとすると、そっと若島津の手が腕に触れた。

「……」

 俺達はどちらからともなく顔を寄せた。

「…甘い」
「……」

 一瞬の合間に一言だけ囁くと深く唇を合わせて来た。いつになく積極的に舌を絡ませてくる若島津に体が熱くなる。これ以上はヤバいと思った時、ぼやける程の至近距離で若島津が言った。

「今日はガマンしたくない」

 もう止められなかった。担ぐように若島津をベッドに押しやると一分の隙もないくらいに抱きしめた。何度も何度もキスをしながら忙しなく互いの体をまさぐる。脇腹を直に撫でると若島津がブルッと震えたので踏んづけていた布団を力ずくで剥がし頭からすっぽりと被った。布団の中で次々に服を脱いで真っ裸になり、体を擦り付け合いキスをして、そして繋がった。
明日の事など、年末の事など頭からぶっ飛んで、俺達は激しく求め合った。
幾度となく最後を迎え、日付けが変わる頃ようやく落ち着いて話を始めた。

「ごめん…我慢しようって決めたのに、守れなかった」
「おまえがいいんなら、俺は…嬉しい」
「柄にもなく浮かれてしまった。俺、ムードに弱いみたい」

 そう言って若島津は笑った。乱れた髪や少し疲れたような目元が妙にそそる。行為の最中、昇り詰めた時の表情がふと重なった。

「物足りねえか?」
「え?」
「俺といても、ムードとかそういうの全然ねえから」
「…バカ」

クスクス笑って若島津が覆いかぶさってきた。

「そういうとこが好きなのに」

 軽く触れるだけのキスをする。こういうふうに戯れてくる若島津は本当に珍しい。首筋に顔を埋めて、もっとしていいよと囁いた。
選手権、代表合宿、卒業試験、そして卒業式。考えると俺達がこの部屋での時間を過ごせるのもあとほんのわずかだ。俺は急に心細くなって若島津を抱きしめた。


 あれから2年。俺はイタリアにいる。
あの夜の温もりは今も俺の腕の中にあって、時に折れそうになる心を支えてくれる。
今は触れ合えないが、離れていても互いを信じてその時が来るのを待つと決めた。ただ待つだけじゃない。俺はアイツをこの手に抱くため、その運命をたぐり寄せようと足掻いている。
 誰にも邪魔はさせない。俺の人生は若島津と共にあるのだから。

 

 

 

2009年9月5日