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妄想日記 8
俺の名はゴッツァ。イタリアの片田舎でしがないリストランテを経営している。小洒落たメニューはねえが味とボリューム、そしてワインのセレクトには自信がある。
半径5キロ内に住んでる奴らはほとんどが常連だ。
こんな俺だが、実を言うと本業はサッカー選手である。地元チーム「レッジアーナ」カテナチオの一角、要するにDFだ。この俺とぶつかって無事でいた相手FWはいない。必ず一度はぶっ飛ばされているはずだ。
最近チームに移籍してきた若い奴が、俺の店にちょくちょくやって来るようになった。
はるばる日本から鳴り物入りでトリノのユーベに入団したものの、ひと月も経たねえうちに放出されたという可哀相なジャポネーゼだ。まあ実力がなきゃしょうがない世界だし、金持ち日本のお坊ちゃんなんだろうとレッジョに来た時にゃ少々いじめてやったりもした。
しかしコイツがなかなか骨のある奴で、生意気にもこの俺を抜いてゴールを決めやがった。どうやらスポンサー絡みで送り込まれたアイドルとは違うみてえだ。奴の目はどこか獰猛で、例えるなら飢えた虎ってところか。甘く見てると食い殺されそうな危うさを持っている。
そのくせ、時々センチメンタルな顔をしやがるから笑っちまう。ガキのくせに生意気にも男の色気を漂わせるから隅に置けねえ。
あんな顔されちゃあレッジョの女性ファンの皆さんがほっとかねえだろう。なにしろウチのチームはオッサン率が高いから、奴のようなピチピチの若僧に人気が出ちまったら到底太刀打ちできない。
まあそんな新入り、名前はヒューガってんだが、最近ここから15キロも離れたレッジョの練習場から走ってメシを食いに来る。すっかり常連だ。
練習場横の独身寮は不便過ぎて、今までそこに住まう物好きはいなかったんだが、ヒューガはよっぽどの練習バカと見て四六時中ボールを蹴ってるかマシンで体を鍛えるかしていて、あそこを気に入っていると言う。
そしてウチの店に来てはたらふく食って栄養付けて帰るから、来たばかりの頃に比べるとメキメキと体が出来て、よりいっそう逞しくなってきやがった。若いし、まだまだ成長期だからな。
しかしあれ程までにストイックなのは近頃の若者にしては珍しい。試合場でカワイコちゃんにハートマーク飛ばされても 見向きもしねえ。あの若さでそっちに興味がねえのも逆に心配だ。
俺の「かわいがり」にも屈することなく、徐々に結果も出せるようになってきたから、そろそろご褒美にイイ女でも紹介してやろうかと思った時だった。
奴の一途の矛先がどうやらサッカーだけではないってことが、ある日ひょっこり現れた訪問者でピンと来たのだ。
午後の練習を終え、夜用の仕入れに市場へと寄った後店に向かう。これがいつもの俺の日常だ。
しかし今日はちょいとばかしいつもと違った。店の前に見知らぬ東洋人が手持ち無沙汰に立っているのだ。
「悪いな、まだ開いてないんだ。」
そう声を掛けるとその男はわずかに俺を見上げた。
俺は190センチの大男だから滅多なことじゃ他人と目線が平らになることはないが、そいつも思いの外良いガタイをしていて、わざわざ覗き込まなくても顔がはっきりと視界に入った。
俺は今まで、目鼻ちで言えば東洋人よりこっちのほうが勝っていると正直思っていた。しかしその男…、男と判断するのに一瞬迷うほど美しい顔立ちをしていて、不覚にも見とれてしまったのだ。東洋にもこんなにキレイな人間がいたんだな。
「すいません、ここで待ち合わせをしてるもので…」
片言のイタリア語で答えたその声は、なんつーか微かなビブラートが色気を放っていて妙な気分にさせられた。
言っとくが俺は断じてそっちの趣味はない。
「若島津!」
柄にもなくタジタジしていた俺の背後から、よく知る声が響いた。しかしそれは聞き慣れないアクセントの言葉だった。
「日向さん!良かった、ここで合ってたんだ。」
「悪りぃ、部屋の片付けなんかしてたら遅くなっちまった…先に来て待ってるつもりだったんだけどよ。」
「…元気そうだね。なんか、思ってたより。」
「なんだよ、俺がいつまでもウジウジ落ち込んでるタマかよ。おめぇが一番よく分かってんだろが。」
「ふふ…そうだな。」
アララ…?なんだかな、この雰囲気。
何喋ってるのかさっぱり分からねえし。けどどうやらこのオニンギョウサンのような男は日本人で、ヒューガの知り合いってことは理解できた。しかも、かなり親密な。
「まあ立ち話もなんだし、まだ準備中だが店に入るか?」
すっかり二人の世界に入ってるところ水を挿すようだったが、俺は二人を店内に促した。ヒューガはそうこなくっちゃと図々しくニヤリと笑い、訪問者ははにかんだようにペコリと頭を下げた。
最奥の壁に張り付くように腰掛けた二人は、向かい合って見つめ合って再会の喜びを噛み締めてるふうだった。とてもただの男友達のムードには見えない。さながら遠距離恋愛中の恋人同士ってところか。
恐らく、俺の勘は当たっているとみた。
あのサッカー馬鹿のヒューガがあんな表情を見せるとはな。よっぽどあのオニンギョウサンに惚れてんだろう。もうそれ意外考えられない。
時折見せる憂いた表情も色気も、全てはあの美しい彼が与えたものに違いない。
お国柄というわけじゃないが、俺は多少の性癖には理解がある方だ。周りにはゲイもうじゃうじゃいるしな。だから驚きはしない。
むしろヒューガが普通に恋愛を嗜んでいることを嬉しくさえ感じた。
それにしてもジャポネーゼってのは、話には聞いていたが超ド級のシャイだ。
普通恋人同士が再会すればハグ&キスは絶対するだろう?てか、せずにはいられない。なのにこいつらときたら、時折熱い目線を絡ませ合うもののすぐに顔を背けて他人のようなそぶりをする。見ているこっちはじれったくてしょうがない。
ワインでも飲ませて心のブレーキを解き放ってやろうかと思えば、日本では20歳になるまで酒は飲めないという。
完全にブレーキ踏み締めてちゃってるよこいつら。恐らく体はアイドリングでブルブルになってるくせに見てらんねえぜ、まったく。
「ヒューガ、俺のことをそっちの彼に紹介してくれねえのかぃ?」
ベタベタしないのなら、初めての客人にはマスターとして正しい接客をしておくべきと判断した。今後足しげく通って下さるやもしれねえしな。
「悪ィ、そうだった。若島津、この人はこの店のマスターでゴッツァ。そんで、レッジョのDFでもあるんだ。こっちですごく世話になってる。」
「サッカー選手!?現役の?」
「こっちじゃそういうのもアリみたいだ。」
日本語ってのはイントネーションが独特だな、なんて思いながら聞き入っていると、カレシが立ち上がって握手を求め手を差し延べてきた。
「若島津といいます。俺も日本のプロリーグで選手やってます。よろしく。」
「こいつGKなんだ。多分、俺が知ってるキーパーでは一番の実力者だ。日本自慢の守護神だぜ。」
握手を交わしながら、ヒューガの通訳を聞いて納得した。
可憐な容姿からは真逆と言っていい骨張った大きな手。まさに10人の背中を護るGKの掌だった。しかも触れて分かるこの隙のなさは、ヒューガの言う通り相当の実力者と見ていい。
なぜだか俺は嬉しくなった。
「気に入ったぜ。今夜はこの守護神さんを歓迎して俺の奢りだ。バンバン持ってくるから全部残さず平らげろよ!」
「マジすか!ゴチになります♪」
そうこうしているうちに店の開店時間が過ぎ、常連客がちらほらと来店して賑やかになってきた。
隅の席には俺が行くからと店の女の子には釘を刺しておいた。彼女はヒューガをお気に入りだから、何か下手なこと言ってワカシマヅの気分を損ねたら大変だ。
ったく、若いカップルには気を遣うぜ。
何皿目かの料理を運んだ時、テーブルの上で二人の手が重なり合っていたのを俺は見逃さなかった。シャイなジャポネーゼが見せた精一杯のスキンシップだった。
不思議なことに、たったそれだけのことが俺を甘酸っぱい気分にさせた。
挑戦的とも言えるボリュームの大皿料理をペロリと平らげ、二人は当店自慢のティラミスをゆっくりと食している。
顔に似合わず大喰らいで全くもって小気味がいい。
いつものヒューガなら、しこたま食ったものを消化しながら独身寮までの15キロを歩いて帰るわけだが、さすがに今夜は時差を越え訪ねておいでの客人の為、俺が車を手配してやった。と言っても隣の肉屋に配達ついでに乗っけてもらうよう頼んだだけだがな。
せっかくイタリアくんだりまで来たのだから、街のホテルに一緒に泊まったらどうかと勧めてみたが、ヒューガが暮らしている場所を見てみたいからと、あんな綺麗な笑顔をされちゃあいくら俺でも無理強いはできまいよ。
つくづくヒューガはこの美麗な恋人に愛されていやがるんだなと、ほほえましいやら羨ましいやらである。
色気もそっけもない肉屋のワゴンに乗り込みながらワカシマヅは最後まで礼を言い続け、ヒューガの住む辺鄙な独身寮へと帰って行った。
次の日、午前の練習でグラウンドに行くとワカシマヅはもういなかった。
「おいおい、冗談だろ。喧嘩でもしたのか?」
「元々そういう予定だったんだよ。午前の便で帰国するから早朝に出発した。」
「なんつぅ慌ただしさだよ…信じらんねぇな。」
「ああ…短すぎるよな…」
頭を抱えて嘆かんばかりだった俺は、ヒューガの表情を見てハタと口をつぐんだ。
こいつらはまだまだ若い。レッジョにおいてのヒューガがそうであるように、ワカシマヅもあっちのプロリーグじゃあ新人に過ぎない。どれほどの実力があろうとも、驕れる立場でもなければ決してそう振る舞ったりもしないだろう。
異国で昼夜逆さの生活を送るそんな二人が落ち合える時間など、実際ありはしないのかもしれない。
よくよく思い返せば彼はスーツケースを持っていなかった。まるで近所からふらりとやって来たかのような出で立ちで店の前に立っていた。その浅はかさは逆に彼の切羽詰まった思いを感じさせる。
若さってスゲエな。
たった数時間しか会えなくても来ちまえるんだからな。
「ヒューガよ、一週間のバカンスくらい大手振って取れるまで、死ぬ気でやれ。」
「んだよ!充分死ぬ気でやってらァな。」
「足んねえから言ってんだ。」
「ちぇっ。」
「次来る時はたっぷり休み取ってこいって伝えな。まだ自慢のメニュー半分も出しちゃいねえんだからよ。」
「……。」
「俺の飲み仲間にもワカシマヅを見せびらかしたいしな。モテるぜぇ?なんたってオニンギョウサンみてえだからな~ギヒヒヒ!」
「断る!!」
おもしれぇ。
ジャポネーゼってのは全くもっておもしれぇ。
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