妄想日記 7

 バレンタインに告って一か月。
あの時、アイツは確かに「うん」と言った。

あの日はとにかく騒がしくて、周りではチョコやら手紙やらが飛び交い、モテる奴は朝からひっきりなしに方々から呼び出され、休み時間に便所に行く暇もないほど。
そんな尋常ではない熱気に俺は不安を掻き立てられた。
若島津も「モテる奴」の部類に入るからだ。
 ちょこちょこと席を外しては、廊下でなにがしかの女子どもに似合わねえ小箱だったり大箱を押し付けられて戻ってくる。戻ってくる度に溜息をついては「参ったな」と呟く。
アイツ程ではないにしろ、俺も多少は慌ただしかった。普段から厳ついイメージでバリアを張ってはいるものの、それを物ともしないツワモノ女が「勝負」と言わんばかり俺に対峙する。
一応人として礼の言葉くらいは述べるが、後頭部では常に若島津を意識していた。
俺が色気づいたなんて勘違いされたら困る。チョコなんかもらって浮かれてる、みたいにアイツの目に映ったら我慢ならねえ。
硬派なイメージも眉間のしわも、全ては若島津のため。いや、アイツを「キャプテンの俺」に繋ぎ止めるための精一杯の虚勢だ。
俺がサッカー一筋みたいな顔をしていれば、おのずと若島津も右に倣うに決まってる。
 それくらい必死に、俺は若島津が好きだった。

 部活帰り、カバンの中一杯に溢れるチョコの山を抱える若島津を見るにつけイライラとモヤモヤでおかしくなりそうだった。
そして寮への道中、待ち伏せていた他校の女子に呼び止められたのがダメ押しだった。
気がついたら俺は若島津の腕を掴んで走りだしていた。

「ひゅ、日向さんっ!なんだよもう…っ」

 そこがどこだったかの記憶もない。
振り向きざま、俺は若島津に好きだと言った。抱えたカバンを指さして、そんなもん捨ててしまえとも言った気がする。

「…うん、わかった」

 そう言ってアイツはカバンごと、カラフルでうるさい包みどもを地面に放り投げたのだ。
若島津の予期せぬ行動に俺は面食らい、間抜けなセリフを放った。

「ば、ばかやろ、投げる奴があるか。物は大事にしろ!」
「…」

 今度は何も言わず、散らばったものをカバンに詰め込みながら拾い上げた。

「…帰るぞ」
「…はい」

 この話はこれっきりだ。続きはない。
 ただ、俺の嫌な印象だけが若島津の目に焼きついたに違いない。思い返せば、ごっそりと胃が落ち込むようなどん底の気分になる。

 あれから一か月。この一件にお互い触れることなく日々は過ぎた。
女子共の祭に比べ、ホワイトデーってやつは地味でいい。
そこらのコンビニでも、ひと月前の派手なディスプレイとは対照的と言ってよいほど静かなもんだ。
そのせいという訳でもないが、お返しをしなければという意識は低い。そもそも一方的に向こうからやってくるのだから、そんな義理もないのだが。
元々イベントごとには無頓着な俺にとっては、今日もいつもと変わらないただの土曜日だ。
 そして、若島津もいつもと変わらない。
あのピンク色の喧噪にまぎれて好きだと言ってしまってからも、俺に対する態度は全く変化なしだ。
有難いと言えばそうなのだが、俺の告白がアイツの心のはじにも引っかからなかったのかと思うと複雑だ。勢いで言ってしまってスッキリするような簡単な思いでもない。軽くスルーされて落ち込まない程頑丈でもない。だからと言ってアイツに返事を求める勇気もないから質が悪い。
若島津が普段通りに接してくれることに救われている自分が情けない。

 部活が終わり、部員達が掃けた後もちょっとだけボールを蹴ってグラウンドを後にした。
3月とはいえまだ寒い。汗が冷えてしまう前にと小走りに学校を出た。すると校門の脇で数人の女子がたむろしてこっちを窺っている。

「あの、バレンタインに渡した手紙、読んでもらえましたか?」

 数人のうちの一人が歩み寄ってきて話しかけてきた。
手紙…。そんなもの、一つも読まずに処分した。チョコやプレゼントはろくに中身も見ずに全て実家に送った。
毎年そんな非道を繰り返している訳じゃない。去年はちゃんと手紙も読んだし包みも一通り開けて中も見た。だが今年はそんな余裕がなかったのだ。

「悪い…どの手紙だろ」
「私のこと、覚えてないんですか?ここで渡して、ちゃんとありがとうって受取ってくれたのに…」
「ねえ、今ここで返事もらえないかな。この子本気なんだよね、マジであんたのことファンで応援してて──」

 後ろから援軍が詰め寄ってきた。かなり押しの強い口調で苦手なタイプだった。
だいたいこの場の空気で脈なしだと諦めるのがセオリーだろ、などと内心毒づきながらも逃げ口上を必死で探した。

「無理だと思うよ。この人好きな人いるし」

 突然背後から柔らかい、それでいて突き刺す矢のような声が俺を救護した。

「悪いけど、そろそろ門限なんだ。ごめんね、はっきりしない人で。諦めてくれる?」

 声の主はそう言って俺の腕を掴むと、寮めがけてダッシュした。
なにそれ!ひどーい!という罵声はあっという間に小さく遠のき、腕がもがれるくらい引っ張られてたどり着いた先は、ひと月前の場所だった。
周りを見れば寮のすぐそばの児童公園である。場所が確認できただけ、こないだよりは冷静らしい。

「若島津…助かったぜ」
「…馬鹿じゃないの。なんで手紙受け取ったりしたんだよ」
「え、いや…それがその…ほんと記憶なくてよ。無意識っていうか」

 そうだ。あの時はモテまくる若島津の方が気がかりで、自分のことを構ってる余裕がなかったのだ。

「おまえだって受け取ってたじゃねえか。だから俺は…」

 焦って告った。馬鹿だった。

「俺はその場でちゃんと断ってた。気持ちは受け取れないって」
「そ、そうなのか…」
「ちゃんと、好きな人がいるからってはっきり、一人一人に」
「え…好きな…?」
「俺…うんって言ったよね。あの時」

 若島津の言わんとしていることがなかなか素直に頭に入らない。それはたぶん、コイツが背中を向けたまま呟く声が不機嫌だからだ。俺を責めて、非難しているように聞こえるその声に、思考が縮こまる。

「もうちょっと自信持てば?キャプテンなんだからさ」
「自信…持てって言われてもよ…あの、えーと…、すまん。おまえの言うことがよく呑み込めねえっていうか」
「言っとくけど、あんたにコクられたから腹を決めたわけじゃない。俺は元々、…元々だから」
「へ…?」
「あんたにくっついて東邦来た頃から、ヨコシマな気持ちもあったってこと!ここまで言わないと分かんないのかよ…」

 溜息まじりにぼやきながら、振り向いた若島津の顔は呆れたふうに笑っていた。
呆れられているというのに、俺はその笑顔を見て改めて若島津を好きだと強く思った。あの時腕を掴んでこの公園に引っぱってきて良かったと。勢いに任せて告白して良かったと。そしてそのことをちょっとでも後悔した自分を後悔した。

「…帰ろっか」

 若島津が俺の手を握った。腕じゃなく、手のひらを取って。
先を越されて悔しかったから、指を絡めてぎゅっと握ってやった。

「俺、マジだかんな」
「ふん…ビビってたくせに」
「ぐっ…慎重派なんだよ、俺は!」

 クスクス笑うアイツに、もう一度好きだと言った。一ヶ月越し、ダメ押しの告白。
口元に笑みを浮かべたまま、若島津が「うん」と言った。

 

 

 

2009年3月14日