妄想日記 5

 中2の終わりに初めてキスをした。
部活帰り、隣を歩くアイツの横顔が気になった。
特に会話があったわけじゃなく、顔を見つめる理由もなかったのだが、スッと通った鼻筋から短すぎず長すぎない唇へのラインが柔らかく綺麗で、ぷっくりと膨らんだ上唇が時たま開いては白い息を吐き出す。そんな様をちらちらと盗み見ていて、キスしたいと思った。
寮まであと50メートルというところで、腕を掴んで引き止めた。
驚いてヤツが顔を向けた瞬間奪い取るように口付けた。
若島津はなにも言わず、ただポカンと俺を見つめていた。暗くてうまく表情はつかめなかったが、瞳だけはキラキラと潤んでいた気がする。
 ただそれは否定的なものではなく、傷ついたものでもなかった。

 それから俺達は時々、二人きりになればキスを交わすようになった。
若島津が拒まないのをいいことに、隙さえあれば唇を奪った。
最初のうちは困ったような顔をしていたアイツが、次第に唇が触れた後、恥らうような、それでいてまんざらでもない表情をするようになったのを俺は見逃さなかった。
キスは次第に深くなっていき、中3の夏が終わる頃には舌を絡ませるような肉感的なものへと変化していた。
下半身を密着させながら時間さえあれば5分でも10分でも、人の足音に気付くまで貪り続けた。
 そんなことをしていながら、お互いに告白のようなものは一切なかった。
ただ、キスが気持ちいい。それだけのような感じだった。
若島津とキスをした後、よくトイレでオナニーをしたが、感じ方は普段よりも格段に良かった。
 たぶん唇は性感帯の一種なのだろうと単純に考えていたが、ほんとはそれだけじゃなかったらしい。


 3学期になって、少しだけ女と付き合った。
可愛かったし胸も大きかったから、告られて二つ返事でOKした。
部活も引継ぎを終えて落ち着いた頃だったから、人並みにデートっぽいこともしたりした。
3回目のデートで、帰りたくないと彼女が拗ねるのを門限があるからとキスしてごまかした。
 若島津以外との初めてのキス。
その時の彼女のリアクションとか表情が、実を言うとまるで記憶にない。
これまで数え切れないほど交わしてきた若島津とのキスが、津波のように脳裏に蘇っていたのだ。
離した後の上気した頬とか、濡れた唇とか吐息とか、硬くなった下半身とか。
見上げる瞳は潤んで、いつもなにかを言いたげだった。同時に、なにかを待ってもいるようだった。
そしてどこからともなく聞こえてくる慌しい足音に、そそくさと体を離すのだった。

 次の日、女と別れた。たった半月の付き合いだった。
さすがにその間、若島津には一切触れていなかった。それが俺には耐えられなかったのだ。
なんて身勝手な男だろうか。
 しかし気付いてしまったのだ。肝心なことがすっぽりと抜け落ちていたことに。
俺は若島津が好きなんだ。だからキスがしたくて、そしてあれほど感じたのだ。

 そのことを正直に伝えたのは、夕暮れも迫った時間、二人で出掛けたジョギングの最中だった。
若島津は俺に彼女が出来たことを自然に応援してくれていた。
しかし別れたことを報告すると、ふーんとたいした反応もなく、その表情からは真意を汲み取れなかった。

「俺はおまえがいい」

 思ったままを告げた。
若島津は立ち止まった。

「勝手なヤツ」

 気のせいか、口の端は歪むように上がっていた。
沈み始めた夕日は秒刻みでビルの谷間に入り込んでいく。刻々と暗くなっていく河川敷へ、ヤツの手を引いて転がり込んだ。
何も言わず、半月ぶりの唇を奪う。触れた途端、すぐに下半身が熱くなった。
こんなにも欲していたのかと、自分の鈍さに腹立たしささえ覚えた。
散々口内を貪るとヤツの表情を確かめたくて顔を上げた。
目を閉じて応えていた若島津もゆっくりと瞳を開け、俺を見つめた。

「まだ、言ってくんないの…?」

  強気な視線を向けながらも、その声は懇願するように震えていた。
その時ようやく若島津が何を待っていたのかを悟った。
 この一年、理由もない俺とのキスをどんな思いで受け入れてきたのかを。
責めるような若島津の瞳は俺の胸を掻きむしった。

「好きだ、好きだ…好きだ…!」

 詫びるように何度も告白した。
ヤツの喉元に喰らいつきながら脇腹から背中から、しなる体を思うさま掻き抱く。
次第に熱を帯びる若島津の吐息は、微かに泣いてるようにも聞こえた。

「…欲しい」

 啄ばむように口付けながら、俺の掌はあの手この手で若島津を感じさせていた。すでに下腹部に触れるアイツの一部も、硬く張りつめているのがジャージ越しに伝わっていた。
乾いた冬を越し、枯れた雑草が俺達を覆い隠す。静かに流れる水音が荒い息遣いをかき消す。
もう、ここで。俺の頭の中は若島津を抱くことで一杯になっていた。

「でも…こんなところで…」
「我慢できねえよ」

 俺はアイツのジャージに手をかけた。不器用な手つきで下着と共にずらしていくと、陰毛の下から瑞々しいヤツのペニスが顔を出した。
こんなになっているのを直接見るのは初めてで興奮が一気に跳ね上がる。先はしっとりと濡れて、物欲しげに律動していた。
俺もジャージを太腿の途中まで引き降ろし、素肌の下半身を重ね合わせた。

「ぁ…」
 若島津が小さく喘いだ。

「欲しい…」

 もう一度せがんでみる。すると若島津は返事をする代わりに首に腕を絡ませ、腰を摺り寄せてきた。
嬉しくなってキスしようと顔を覗き込むと、恥ずかしげに目を逸らせた。もっと恥ずかしい顔をさせたくなって、片足をジャージの中から引っ張り出す。足を開かせると、より深い部分に自分の突起を擦り付けた。
若島津は軽く息を乱して身をよじった。

「やだな…俺、汗臭いかも…」

 こんな状況になっても、ヤツはまだ羞恥を捨てきれないでいる。
俺から言わせれば若島津は清潔で綺麗で、汗の臭いを漂わせたことなど記憶にない。裸の下半身も、暗がりでよくは見えないが適度な体毛に形のよいペニスがそそり立ち、どこかの芸術作品のような美しさを感じさせた。

「汗なんかかいてねえだろ?…おまえ、いい匂いする」

 首筋に顔を埋めると腹の間のヤツのペニスがヒクンとした。
男同士のセックスがどういうものか、浅い知識はあるものの具体的な想像をしたことはなかった。
ただ若島津が欲しい、繋がりたい、入れたい、そんな未熟な性衝動だけで俺はやみくもに股間を擦り付けた。時折先端が触れるアイツの秘部が、あまりにも小さな蕾のようで、実際こんなところに挿入できるのだろうかと半信半疑でもあった。
しかし濡れた先端が撫でるように行き来する度、若島津の体は戦慄くように大きく震えた。
好奇心の赴くまま、体液でわずかに濡れた入り口を指で押してみた。
生々しい感触に激しい興奮を覚えた。


 それからどうやったのか頭が真っ白になって思い出せないが、俺達はどうにかして深く繋がりあうことができたのだった。
脳天が痺れるような快感だった。若島津の中は熱く柔らかく俺を締め付けた。
草むらの中、枯れ草に身を切られながら無我夢中で抱き合った。
若島津を愛してると、心から思った。もしかしたらつい言ってしまったかもしれない。
あるいはアイツの口から聞いたような気もする。

 愛なんて言葉は好きの最上級くらいにしか捉えていなかったが、しかし若島津を抱いて思った。
愛は覚悟だ。 その言葉に嘘がないよう、俺は若島津の全てを請負っていこうと心に決めた。


 初めてキスをした道をゆっくりと歩いて帰る。
あの時と同じように街灯が若島津を照らした。一年の間にアイツの顔もほんの少し大人びたように思う。
さっきまでの情事が余計にそう感じさせるのかもしれないが。
見つめていた横顔がふいに俺を振り向いた。その目はやわらかく微笑んでいた。
 俺の全てを許す笑顔だった。

2008年1月11日~13日