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妄想日記 2 小6(前編) その話は5年になったばかりの頃、誰からともなく聞かされて知っていた。 女子の体の変化についても教えられたが、俺はむしろそっちの方が大変そうだなと思った。 「好きな人が必ず出てくるの?」 「まあ、だいたいな」 ふうん、なんて呑気に返したが、実はちょっと気になった。だって、俺には今現在「好きな人」が思い当たらなかったからだ。 6年生にもなれば、周りの奴らは誰が好きだの、クラスの誰がブラジャーをつけ始めただのといった話題で盛り上がったりするが、俺は根っからそういうのに興味が薄いのか、完全に乗り遅れたクチだった。 空手とサッカーで忙しく、おまけに東京の私学を受験することに決めたから、そんな余裕がないというのもあるけれど。 好きな人がいないと、精通は訪れないのだろうか、なんて不安になる。身長はクラスの中でも高い方でイッパシに声変わりも済ませているが、実をいうと下の毛はまだ生えていない。そのことをサッカーチームの日向キャプテンにからかわれて、けっこう悔しい思いをしたばかりだ。 あの時は一緒に銭湯なんて行くんじゃなかったと後悔した。 でもまあ5才上の兄さんはすでに立派な大人の体に成長しているわけだから、俺もそのうちそうなるんだろうな、と遺伝子を信じることにした。 その夜、俺はなかなか寝つけなかった。 いったい夢の中には誰が出てくるのか。クラスの女子の顔を一人一人思い出してみるが、どれもピンとこない。塾の講師に若くてキレイな先生がいるけど、顔と同時に都道府県名と県庁所在地が頭の中を駆け巡り、とてもそんな色気を感じるどころではない。 まったく、兄さんがおかしなことを言い出すからだ。 明日は明和西SCとの練習試合だってのに、このまま眠れなかったらどうしてくれるんだ…。
小6(後編) 「若島津」 「屋台のオヤッサンにおでん分けてもらったからさ。一緒に食おうと思って」 「え、俺に?いいんですか?弟さんたちには?」 「いいんだ。ウチは今日はカレーだから」 すでに夕飯は済ませたけど、道場で少し体を動かし掃除までしたからちょうど小腹が空いたな、と思ったとこだった。 「じゃあ、お言葉に甘えていただきます」 道場の玄関前の階段に二人腰かけて、スチロールの器で湯気をたてているおでんをつまんだ。 箸がひとつしかなく、交互に貸し合い口に運ぶ。だんだん面倒になってきたのか、キャプテンが大根を割って、それで俺の口をツンと突いた。 「ほれ、アーン」 「え、自分で食べますって」 「いいだろ、気にすんな」 こうやって弟たちの面倒を見てるんだな、なんて思うと、同級生のキャプテンがなんだか急に大人びて見えた。 パクッと大根を頬張ると、満足そうに笑って言った。 「ウマイだろ?」 その笑顔に、なぜかドキリとした。そして突然、ひとつの箸を二人で使っていることを意識してしまった。 おでんの汁を零さないように身を寄せ、触れ合う温かい腕にも──。 カーテンの隙間から覗く朝日に起こされた。 「……なんで?」 何かの間違いかと思い、パンツの中を覗いてみる。そして絶望的な気分になった。 「…なんで?」 誰も答えてはくれない問いを、俺は何度もくり返した。
中1 些細な失敗も、ちょっとしたやましい気持ちも、順繰りに過ぎていく毎日が次第に忘れさせてくれる。 東邦受験に無事合格して、いよいよ新しい生活が始まった。
中2 年度が変わるとクラス替え同様、寮も部屋割りを替えられる。 少々ムッとしながら黙っていると、ぶっきらぼうに日向さんは続けた。 「俺のコトを怖がらずに普通に接してくれるのは、若島津だけだったからな」 7~8人はいる寮生たちがお互いの顔を見合わせた。 「ビクビクしながら生活すんのはおまえらもしんどいだろ?」 「ぷは!そりゃそうだ」 反町がふきだした。今でこそ、無愛想でちょっと天然の日向さんを突っ込んだりもできるようになった反町だが、入学当時はさりげなく距離を置いて遠くから様子をうかがっているのを俺は知っていた。 どことなく大人びて、自分からは砕けた付き合いを好まない日向さんは誰の目から見ても近寄り難い。それを自分でも分かっているから、あの人なりに周りに気を使ったのかもしれない。それで俺を指名したわけか。 …日向さんにとって俺は、どういう存在なんだろう。 もうひとつの噂については何も触れず、消灯時間が近づいたのもあり、俺達は談話室から退散した。 部屋に入るとまもなく強制的に灯りが落ちた。ベッドの小さなライトを付け、そばにあった雑誌を捲る。二段ベッドの上段では日向さんがギシギシと音をたてながら布団に潜り込む気配がした。 ふと思いついて話しかける。 「ってことは来年も、俺は日向さんと一緒なんですね」 「…そういうことだ」 「ずっと俺で、つまんなくありません?」 「いや…おまえの方こそ俺に指名されて、迷惑じゃねえか?」 そんなこと、思いもしなかった。日向さんの告白を受けて、俺が唯一気の置けない相手として選ばれたことを嬉しくさえ感じた。素直にそう言いたかったけど、「デキてる」という噂がどうしても胸に引っかかる。 「相棒ですから。とことん付き合いますよ」 差しさわりのない返事を返すと「そうか」と安心したような声。顔が見えなくても、最近では日向さんの声色ひとつで表情まで目に浮かぶようになった。 その声に俺も安堵する。瞼が次第に重くなっていった。
中3 寮では時々、抜き打ちで持ち物検査が行なわれる。飲酒や喫煙が見つかれば、無期限の停学処分だ。 「ガマンする方がかえって不健康じゃね?」 「だよな~~~」 やるせない会話が談話室に響く。自販機からジュースの入った紙コップを取り出していると話が俺に飛んできた。 「若島津は見ないの?エッチな本」 見たいと言えば、おそらくこのエロ本談義にズルズルと引きずり込まれ、見たくないと言えば「それはおかしい!」とまたまた妙な噂を立てられかねない。 実を言うと、例の「日向さんとデキてる」という言い掛かりは未だ払拭できずにいる。言いたい奴には言わせておけ、と当の日向さんは知らん顔だ。寮の奴らも分かっているから、からかい半分でアヤしいアヤしいと囃し立てるだけで、別に本気ではないのだけれど。 「俺は没収されるようなヘマはしないだけだ」 微妙なニュアンスでその場を切り抜けようと試みた。 「な~~だったら今度おまえの蔵書、貸してくれよ。俺しばらくコンビニにも行けねーし」 「サッカー部の部室に行けばいくらでも転がってるよ」 そう言い捨てて、そそくさと部屋に向かった。 正直言ってこの手の話は苦手だった。気取ってるわけでもなんでもなく、実際に女のハダカを見ても少しも興奮を覚えないのだ。 性欲にも個人差があるし、俺はきっと淡白なんだとつい最近までは気にも止めていなかった。 ところが、とある出来事が俺の性欲の在り処をつきとめ、容赦なく揺さぶり起こした。 夜中になんとなく目覚めた時、ベッドの天井の上から荒い息遣いが聞こえたのだ。 苦しんでいるのとは違う、色めいた吐息だった。俺はすぐに日向さんがオナニーをしていると勘づいた。聞いてはいけないと思いつつ、俺は息を潜めてあの人の喘ぎに耳をすました。 だんだんと、絶頂に向かって呼吸が早くなる。ウッと押し殺したような呻きの後、ガサガサとティッシュで拭う音がして、ふーっと深い溜息が聞こえた。 「バカだ、俺は」 今度は独り言。誰を想って自慰をして、そしてバカだと思ったのだろうか。 俺は胸が痛くなった。こんな夜中に目を覚ましてしまったことへの罪悪感。耳を塞がずに聞き入ってしまった自分の浅ましさが恥ずかしい。 そして信じられないことに、今までに経験のないほどの興奮が、俺の下半身を熱く奮い立たせていたのだった。
高1(1) 相変わらず俺は誰にも言えない秘密を抱えていた。 「インハイのスタメン、まだキビシイかなー、って」 上手くごまかせたと思った。実際、高等部に上がってからは選手層も厚く、正キーパーのポジションを奪い取るのはそう簡単なことではない。特待生の日向さんとは違い、俺はまたゼロからのスタートなのだ。 「そんなことじゃないだろう」 上手く交わしたつもりが、あの人は珍しく絡んできた。そんなに俺は深刻な顔で悶々としていたのだろうか。 「おまえさ、好きなヤツでもいるのか?」 「…え?」 ズバリ聞かれて狼狽えた。そんなこと、答えられない。 「そういう顔して、考え事してた。いるんだろ?好きなヤツ」 「…いませんよ。そんな人」 不覚にも声が震えてしまった。史上最大のウソをついている気分だ。キリストの絵を踏むバテレンは、きっとこんな気持ちだったに違いない。 「泣きそうな顔して、ウソつくな」 「ウソなんかついてない!」 思わずムキになってしまう。核心をつかれ、逆ギレするしか防御の手立てがない俺は声を荒げて否定した。
高1(2) ベッドに腰かけた日向さんは、力のない溜息をついた。 「…いえ」 「なあ、…いつか」 張りのない、喉に絡むような声で日向さんが話し出した。逆立った空気がほんの少し鎮まる。 「好きな女ができて、付き合うようなことになったら…真先に教えてくれ」 「なんでそんなこと…」 「おまえの口から聞きたい。他の誰かに聞かされてショックを受けるくらいなら、おまえの言葉で現実を受け止めたい」 「…どういうことですか、それ…」 「…おまえが、好きなんだ。もう、ずっと前から。おまえのことが…」 言葉が出てこない。押し隠した俺の欲望をすべて見破って、悪い冗談でからかわれているのかと思った。 「汚らわしいか?」 首を横に振る。なにか言葉を発すれば、蔑んだ高笑いですべてが消し飛んでしまいそうで恐い。 「おまえを同室に選んだのも、そういうことだ。…ただ単に、一緒にいたかった」 「………」 「去年、同時優勝を果たして、小泉さんがご褒美をくれると言った。それで、今度は高校の3年間おまえと同室になれるように頼んだ」 「………」 「みっともねえくらい、おまえに惚れてる」 日向さんの言葉がボディーブローのように効いてきた。涙が出そうだ。 「……惚れてる?」 「ああ。惚れてる」 体が、油の切れたマシンみたいにギシギシと軋む。思うように動かない首をかろうじて日向さんの方へ向けると、もう一度問いかけた。 「信じていいんですか…?」 「それは、おまえ次第だ」 ゆっくりと立ち上がると、俺はベッドに歩み寄った。一世一代のバンジージャンプだ。 「信じる……」 そのセリフに面喰らった顔の日向さんを、俺は頭ごと抱きしめた。
高1(3) 日に焼けて荒れた髪。褐色の首筋。広い肩。全部をまとめて抱きしめた。 この人が欲しい── 腕を緩め、顔を見合わせる。想いを伝える間もなく、俺は逸る気持ちで日向さんに口付けた。 せっかちな行為に自分でも呆れる。日向さんが慌てて俺の背中をまさぐった。触れるだけのキスに体中が震え出す。肩を掴まれとりあえず唇を離すと、俺の目を覗き込んだ。 「おい…おまえ…?」 「好き…俺も好き…日向さんが」 「若島津……」 「苦しかった…!」 思わずしゃくり上げそうになるのを堪え、もう一度唇を押し付けた。背中に回った日向さんの腕にきつく抱きしめられる。そのままベッドに押し倒され、今度は日向さんの方から激しく口付けられた。 「…信じらんねえ…」 キスの合間に囁くその声にさえ感じてしまう。自分の体がこんなにも敏感だとは思わなかった。無骨な手でTシャツの中をまさぐられ、簡単に息を乱してしまう。淫乱なヤツだと思われたら心外だ。 その思いとは裏腹に、体の暴走は止められない。触れ合う下半身は布越しでもその変化を伝えあう。 下着が冷たく濡れてきた。その感触が、かつて夢に出てきたあどけない日向さんを思い出させ、切なくなる。 あの夢は、いずれ俺達がこうなることを暗示していたのかもしれない。 「日向さん…どこまでしたい…?」 性欲が理性を弾き飛ばし、とんでもない質問をさせる。首筋に喰らい付いていた日向さんがギョッとして顔を上げた。 「どこまで…って、そりゃあ…」 「俺は…全部、いいよ…」 「…いいのか?」 「…ん…」 いつしか俺達は全裸になり、寮の小さなシングルベッドの上で抱き合った。 これまで押さえつけていた欲望が堰を切ったように溢れだし、卑猥な行為にも抵抗なく没頭できた。全てを見られ、晒し、受け入れてもらえる悦びを存分に味わいながら。 俺の中で果て、胸の上でくたばっている日向さんがこのうえなく愛しい。 汗で湿った髪に指を絡ませながら、優しく掻き抱いた。
高1(4) まるで嵐が去った後のようだ。 「大丈夫…平気」 乱れた髪の毛を掌で不器用に後ろへ流しながら、そのままぎゅっと抱き締められた。 「夢みてえだな、なんか」 「……」 「何度も、夢を見た。こういうの。…すんげーやらしい夢」 朝、起き抜けに顔を合わせてもそんな様子はまったくなかったのに、いったいどんな夢を見ていたのか。 もしかしたら、夜中に自慰をしていた時もそんな夢を見た後だったのかもしれない。 俺を想ってしてくれていたのかと思うと、嬉しくてたまらない。痛みを忘れて「もっと」とねだりたくなってしまう。 「なに笑ってンだよ」 「笑ってませんよ」 言いつつ頬が緩む。 「そういやおまえ、下の毛ちゃんと生えたんだな」 「え?…いつの話してんですか、もう」 「あん時は、からかって悪かったな。家帰って反省したんだ。おまえに嫌われたらどうしようって」 「………」 「あの頃からずっと…好きだった」 「日向さん…」 「これからも…ずっと、俺のそばにいてくれるか?」 広い背中に腕を回わす。 「はい…」 そんなの、言われなくたってずっとついていく。 だって俺達は相棒で、そして今日からは─────。
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2006年11月12日~11月15日(お海老)