|
愛のBRIDGE 「今年のバレンタインは潤いがねえなあ」 召集されたメンバーはU-22、彼女がいたりいなかったり、すでに結婚してる者もいる。バレンタインといえば年間行事の中でも5本の指に入る恋人達の大イベントなわけだから、こうして片田舎の合宿地に隔離され、切磋琢磨にストイックに体を鍛え、技を磨く日々が続けば、いくらサッカーバカの集まりと言えど、少しくらい虚しくなっても罪にはならないだろう。 そしてこの中に、誰よりもストイックを強いられている日向がいた。 「別に日付けにこだわらなくてもいいんじゃねえの」 現実逃避気味な会話にイラつきながらも、珍しく殊勝なことを言う。たしかに誕生日のように絶対的な記念日というわけじゃなく、ただ菓子メーカーに踊らされているだけのような感も否めない。好きな人と二人きりで同じ時間を過ごせれば、それはいつだってバレンタインなのだ。 だが彼の場合、虚しさの度合いが他の皆とは少し違っていた。いつでも触れられる距離に恋人がいるというのに、手を握ることも、肩を触れあわせることも出来ないのだ。 彼の恋人は代表のチームメイト、誰もが認める鉄拳のゴールキーパー、幼いころから汗まみれで共にボールを追いかけてきた若島津なのである。 そういう関係になってしまってから3年ほど経つが、お互いを好きな気持ちは告白しあったその日から全く色褪せないでいる。会えば抱き合い、どうかしたら二人でいる間中ずっと裸でいる時もある。 「俺達ってそればっかかよ」なんて冷めた口調で言いながらも、時間の許す限り求め合ってきた恋人。 その彼は今、隣のコートでキーパーコーチとトレーニングに励んでいる。しなやかに弾む四肢。激しくも優雅さを感じさせる彼のプレイは目でもファンを楽しませる。コーチが絶えまなく放るボールを、柔軟な動きでキャッチしては投げ返す。ゴールマウスでボールに向かう若島津の姿が、日向は一番好きだった。 (ああ、クソ。抱きてえなあ。) 正月に若島津のマンションで数日を過ごして以来なんだかんだで忙しく、この合宿でようやく久しぶりに会えたのだ。会えたといったって「よう、久しぶり」くらいの会話しか交わしていない。周りの者に二人の関係を勘ぐられないよう、できるだけ自然に振舞おうとするものの、距離が縮まればついつい甘い雰囲気に負けてしまいそうで、結局はよそよそしいまでに別行動という、昔から二人を知る人間にしてみたらかえって「なにかあったのか?」と思われかねない不自然さだ。 午後の練習も終え、宿舎にゾロゾロと戻っていると、金網の向こうから熱い視線を送っていたファンの女の子たちがいっせいに近寄って来た。手にはいかにもといったカンジの可愛いラッピングを施された包みを大事そうに抱えている。 思わず包みを抱えたまま走って来た自分が滑稽だった。でもやっと、二人きりになれたことが嬉しい。両手の中のわずらわしいものを盛大に放り投げたい気分だ。 「お前のファンもきっと待ち構えてるぜ」 気持ちとは反対のことを言ってみる。本当はすぐにでもそばに寄って抱きしめたい。唇を奪いたい。そんな理性的ではない自分を押さえるように、一歩距離をおいて若島津を見つめた。最後のボールを足で弄びながら、彼はベンチに置いてあるバッグにタオルやドリンクをしまい始めた。 「日向さんて、甘いもの苦手だよね」 バッグの中をごそごそしなから若島津は言った。 「ああ、そうだな」 「…一本くらいなら、食べれる?」 「え?なにを?」 顔をあげた若島津が、なにか細い棒のようなものを摘んでひらひらと泳がせて見せた。それは、誰もが一度は口にしたことのあるチョコポッキーだった。 「一応、バレンタインだから、チョコ。この日に一緒にいられることなんてめったにないからさ。」 確かに、東邦を卒業してからこの時期に会うのはこれが初めてかもしれない。二人が付き合うようになったのはお互いプロチームに入団してからだ。四六時中一緒にいられた学生時代がどれだけ貴重だったか、こうして想いの通じた今になって思い知らされる。 「ああ、もらう。食うよ。」 日向は律儀に抱えていたプレゼントたちを惜しげなく地面にバタバタと落とした。それを見て、心なしか若島津が満足そうに笑った。熱い視線に小さな独占欲を感じる。俺だけのオマエ、オマエだけの俺。そう言ってる気がした。 「待って」 ちょっと制して足元で転がしていたボールをトンと蹴り上げてキャッチすると、顔の横に抱えた。そしてポッキーのスナックの部分を、日向の知る柔らかい唇でゆるく銜えた。 「ん、どうぞ」 いきなりの刺激的な仕種に、日向は柄にもなく赤面してしまった。ゆっくりと近づくと、首を傾けて、まるで口付けるかのような角度でポッキーを銜えた。サクサクと音をたてながら二人の距離が縮まる。2cm。1cm。 「……」 約ひと月半ぶりのキスは、甘い甘い香りがした。 重なった二人の顔を、シルバーのサッカーボールがいつまでも隠し続けていた。 |
2006年2月14日