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ウチの制服にはボタンがないから、第二ボタンの争奪戦なんてのはない。
だけど、さっきから日向さんの周りにはひっきりなしに女の子が駆け寄り、なにか言葉を交わしては去っていく。
大抵が下級生の子達で、話し掛けるのも必死といった感じだ。
普段はぶっきらぼうなあの人も、そんな女の子達の「必死」が伝わるのか、わりと真面目に、穏やかに言葉を返していた。
卒業式って妙に気持ちが昂ったり、感傷的になったりするから、何かのはずみでカップル誕生なんてことも珍しくない。
俺は内心ハラハラしていた。
そのうち誰かの想いを受け取ってしまうのではないかと。
いや、本当は誰かのことを密かに待っているのではないか。
時折キョロキョロと辺りを見回しては溜息をついてるのを、俺は見逃さなかった。
「若島津、そろそろ下に降りようぜ」
反町に声をかけられ、俺は教室の窓を閉めた。
昇降口に出ると上履きをカバンに押し込み、中等部の校舎を後にした。
すぐさま聞き慣れた声が俺を呼び止めた。
「若島津!」
日向さんの顔はちょっと怒っているようだった。
「探してた。おせーよ」
「え?」
「話がある。大事な話だから…どうしても今日、言いたい」
胸が高鳴る。
今日は特別な日だから、特別なことが起こりそうな予感がした。
やがて大きく息を溜め込むと、俺の目を見てはっきりと言った。
「俺、お前が好きだ」
「お前は好きなヤツとかいるのか?」
「もしいないのなら、…いや、いないにしてもアレだけど…」
「もし、嫌じゃなかったら俺と」
「お、俺…は…お前と付き合いたい」
「お前にずっと、そばにいてほしい」
「…駄目か?」
俺はその間、一言も発せずにただ、日向さんを見つめていた。
膝がガクガクと震えだして、それを押さえようと足を踏ん張っていたら指先がジンジン痺れてきた。
もし夢でなければ、これは俺が最も望んでいて、でも絶対にありえないと思っていた展開だ。
そうだったらいいのに。日向さんも俺を好きでいてくれたらいいのに。
いつも頭の中で考えてはバカな妄想、と切り捨てるしかなかった思いに今、答えが返ってきた。
俺は精一杯、首を振った。やみくもに振りすぎてクラクラした。
「だ、駄目じゃない。ずっといる。あんたのそばに、いたい」
「いてもいいんですか…」
声が上ずって恥ずかしかった。
感情的になると裏返る自分の声が嫌いだ。
もっと冷静に自分の気持ちを伝えたいのに、思うようにいかず歯痒かった。
これ以上何も言えなくて、俺は下を向いた。
すると突然腕を引っぱられ、気が付くと俺は日向さんに抱き締められていた。
「ずっとだぞ!…意味わかってんのか?」
「…うん」
「お前が嫌になっても、俺は手離さねーぞ。いいのか?」
「うん…いい」
「結婚できねーかもしんねーし、それでも…」
「アンタが責任とってくれるんでしょ…?だったらいい」
「若島津…」
俺も好きだと告白したかったけど、今はただ胸が一杯で言葉にならない。
日向さんの体温と鼓動が、自分の体に染み込んで溶けていくのを静かに感じた。
【日向SIDE】
とりあえず好きと言ってはみたが、それがそっちの欲望に直に結びつくなんてコイツは想像しているだろうか。
つい昨日まではダチ同士だったのに、いきなり色気のあるムードになんてなりえない。
普通にメシ食って、風呂に入って、部屋では机に向かい使わなくなる教科書を片付けたり、高等部の寮に引越すための準備をしたり。
とにかくいつもと変わらない。
ただちょっと慌ただしいだけ。
「もう続きは明日にしようかな」
いらないものをゴミ袋に突っ込んで、ヤツは机の引出しを閉めた。
「日向さんは?」
「俺は──…うん」
「じゃあ、もう寝よっか」
「…ああ」
若島津は部屋の電気を消した。
「おやすみ」
「ああ、…おやすみ」
仄暗い豆球の灯の中で、若島津はしばらく突っ立って俺を見つめていた。
「あの…」
「お、おやすみなさい」
何か言いたげに見えたが、またおやすみを言うとヤツは自分のベッドへ向かった。
その咄嗟、俺はヤツの腕を引っ掴んでいた。
若島津のまん丸い目が見つめた。
コイツこんなに目大きかったっけ、こんなに顔小さかったっけ、こんなに可愛かったっけ…
吸いこまれるように唇を寄せた。
顔が近づく速度に合わせるように、若島津の瞼がゆっくりと閉じていく。
ゴチッ
額と鼻っ柱がぶつかった。
結局唇はかすりもしないまま、俺は慌てて顔を離した。
「ご、ごめん!」
「……」
「あ、あの…ゴメンな」
「う、うん……」
いったい何を謝っているのか。
いきなりキスしようとしたことか、それとも額と鼻をぶつけたことか、自分でも分からなくなっていた。
ただ言えることは、今の俺は無様でみっともないということだった。
もう一度チャレンジってわけにもいかず、俺はごにょごにょとおやすみを言うと若島津に背を向けた。
「日向さん」
今度は若島津の大きな手が俺の腕を掴んだ。
無理のない力で引き止められ、俺は再びヤツの方を向いた。
ふわりと風が吹くように若島津が近づいて、唇に柔らかいものが触れた。
「その…、やっぱり、したかったから‥‥」
3度目のおやすみを早口に言うと、若島津は下を向いてそそくさとベッドにもぐり込んだ。
天にも昇る気分というのはこういうことか。
ふわふわした感覚のままとりあえず布団に入ったが、時々ワーッと叫びたくなったり、全速力でグランドを駆け回りたくなったり、はたまた若島津の唇の感覚が蘇り顔から火が出そうになったり。
何度も寝返りを打っては眠る努力をしてみたものの、結局は朝まで眠ることができなかった。
こんなんでこの先、俺は若島津との寮生活を心穏やかに続けていくことができるのだろうか。
片思いで悶々としていた日々とはまた違った、新たな悶々に悩まされることになりそうだ。
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