Etude

 

 消灯時間も過ぎ、静まり返っているはずの廊下へ出ると、一番離れた端の部屋の前に、なにやら数人集まってヒソヒソ話をやっていた。特にどうでもよかったが、談話室への階段がその先にあるため普段通りの歩調でその人溜まりの前へと近づいた。

「ぅわっ…!」

 中の一人が上擦った悲鳴をあげ、次にバサバサと雑誌のようなものが足元に散らばった。
幽霊でも見るような目つきで振り向いたのは今井、松木、小池、そして反町だった。

「ひ、日向さん…ビックリした…」
「こんな時間に勉強会か?」

 俺は落ちた雑誌を拾い上げようと腰を屈めた。すると松木が、俺の動きを遮るように大慌てで散らばったものを掻き集め、今更ながらそれらを後ろ手に隠した。こいつらの一連の挙動不審っぷりに背中のものが何なのか、大体の見当は付いた。

「そんなに慌てるこたねえだろ。誰にも言いやしねえよ。」
「呆れた顔してる…。そんな目で見ないでくれよ。」

小池が被害妄想気味に言った。

「呆れてねえよ。フツーだろ。」
「……。」
「フツーって、そういうのが普通ってことだ。」
「普通…まあ…そうだよな。…C組の藤森から借りたんだ。ほら、あの性欲の塊みたいな奴。」

 あきらめの溜息をつきながら反町が言うことに、俺は思わず吹き出した。藤森ってのは自宅通学の自由奔放な遊び人で、いつ素行がバレてクビになってもおかしくない、私学の坊ちゃんにはあるまじきキャラの持ち主である。
こんなにも欲望に忠実でいいのだろうかと、常勝サッカー部の名誉とがんじがらめの寮生活に縛られた俺たちからすれば、羨ましいのを通り越して心配にさえなってくる。
そんな藤森から、実を言うと俺もシャバの恩恵を密かに受けていた。

「まああいつとは底々に付き合っとけ。あんまし深入りするとトバッチリ喰らうぞ。」
「分かってるよ。先生からも目ぇ付けられてるしね。」
「なあ…、若島津には言わないでくれよな。」

 松木が浮かない面で言った。

「なんでだ。あいつだって男だし、別になんも思わねえだろ。」
「若島津…嫌いだろ?こういうの。下ネタとかしてっとイヤ~な顔するもん。」
「そうそう、わかる。それにあいつ、藤森とは合わないみたいだぜ?選択授業ってC組と合同じゃん?席が近くになって下ネタで散々絡まれたって、すっごい不機嫌な顔で帰ってきたんだ。」
「藤森って、顔がいいヤツはみんなやりまくってる前提で話してくるもんな。」

 クスクスと笑いが起きた。
確かに若島津は下ネタを得意としない。別に潔癖なわけでも性欲がないわけでもなく、大っぴらに下の話をするのを好まないだけだ。考えてみれば育った環境があの若堂流総家なわけだし、風俗的な話題とは縁もなかったに違いない。人格形成に大きく影響しているのも頷ける。

「まあいい、あいつには黙っとくから安心しろ。明日、朝練ないからって調子に乗って夜更かしすんなよ。」

 最後にキャプテンらしく一言釘を刺して、俺は談話室の冷蔵庫に水を取りに降りた。

 

「遅い…。」

 部屋に戻るとベッドの中の先住民が、掠れた声で文句を言った。
ちなみに高等部の寮生は全て一人部屋だ。当然部屋には一つしかベッドはない。そしてここは俺の部屋である。

「廊下で話声が聞こえてたけど…」
「ああ、なんかエロ本囲んで盛り上がってたみてえだ。」
「ふーん。エロかった?」
「見せてもらえなかった。…てか、おまえのエロさには勝てねえだろ。」

 水を受け取ろうと若島津が伸ばした腕の中に、意地悪くボトルをお預けにして潜り込んだ。

「水が先だって。」
「俺が飲ませてやるよ。」
「調子に乗って夜更かしすんなよって、誰のセリフ?」
「地獄耳だな。」

 俺はエロくないと否定しながらペットボトルを奪い取ると、ミネラル水を勢いよく流し込んだ。
その喉元からして相当エロいと言うのに本人は自覚がないらしい。
よっぽど乾いてたのかボトルの半分を一気に飲み干すと、若島津は急に思い出したように不機嫌になった。

「あのさ、さっきのアレ、もうやめてくれ。」
「なにを?」
「とぼけんな。」

 そう言って枕の下をまさぐると、俺が何気に隠しておいたブツをごっそりと掴んで差出した。
それは先の藤森が俺にくれた、セックスがめちゃくちゃ良くなるという媚薬、というか潤滑ジェルだった。
使い切りの小さなチューブはチョウチョウウオの口先みたいなノズルになっていて、要は痔の外用薬みたいな感じである。
ひょんな流れから、俺が経験済みと知った藤森が馴れ馴れしく近寄ってきて、いいのがあるんだと耳打ちした。処女相手でもこれを使えば十二分に楽しめるからと、まるで親戚の子供に小遣いを握らせる酔っ払いのオヤジのように、俺の手の中にコロコロと4つばかり包み込んでニヤニヤと含み笑いをした。
若島津は処女ではないが、無理な挿入にはそれなりに時間も負担もかかる。覚えたての頃に比べれば随分と慣れてはきたが、やはり体調によっては少々痛がることもある。その苦痛を処女と見立てるならまさに願ったりの液体なのかもしれない。そう思い俺は素直に受け取った。

 そして今夜、若島津の尻にチュッと注入してみたわけだ。

手の中でしばらく温めておいたから、注入時の違和感もさほど感じなかったようだ。潤滑用にしては量が少ないなと思いながら、俺は指を入れてゆっくりと中に馴染ませていった。
指でほぐし続けて2分程経ってからだろうか、なんだか若島津の様子がおかしくなってきた。
まるでクライマックスのような喘ぎを漏らし出したのだ。まだ俺のナニは触れてもいないのに、たったの中指一本で顔は上気し、首筋には汗がじんわりと滲んでいた。何よりも、前方にそそり立つ快楽の証が何をか言わんやを物語っていた。

「ひゅ…う…んっ…あぁ…」

 若島津の口から漏れる意味を成さない音声は、ある意味媚薬の効果のすさまじさを伝える答えでもあった。
そんな若島津を目の当たりにして、興奮が一気に駆け上がった俺は、チューブに残ったわずかのジェルを絞り出し自分のカリ先に塗りつけると、毒々しく変化した肉棒を以って赤く充血した若島津の秘孔にあてがった。
先走りを馴染ませながら浅く深くを繰り返し、時間をかけて挿入していく。若島津の中はすでに焼けるように熱く、俺の熱量をも上回る勢いだった。
幾度か出し入れをするうち、俺のナニも変化をきたし始めた。尋常ならざるカウパーが溢れ、ずぶずぶと若島津の直腸を浸していくのだ。まるで精液を流し込んだ後のような水音をたて、その結合部分は激しいピストン運動にも摩擦を感じない。押し寄せる快楽の波に溺れそうになる。
 俺も若島津も、こんなセックスは初めてだった。

「ん…ぅ…」

 しばらく俺の動きに身を任せていた若島津が、身悶えながら下腹へ腕を伸ばしてきた。自分の動きに没頭しすぎて、腹の間で濡れそぼった若島津のものをすっかり放置していたのだ。
若島津はその大きな指先で自らのナニを摘まむと、ゆっくりと上下に動かし始めた。深い桃色をした若島津のペニスはくっきりと筋を浮かび上がらせ、白濁し始めた先走りをひっきりなしに滴らせた。指の動きに合わせて表皮がカリ首に皺を寄せる。そのリズムにシンクロするように若島津の吐息も荒く艶やかに色めいた。
若島津も男だ。俺の見てないところではこんな風に自分自身を慰めたりするのだろう。普段なら見ることのない若島津のオナニーシーンを目の前で見せられ、俺の興奮もマックスに到達しようとしていた。

「ひゅ…うが…動いて…ん…っ」

 思わず動きを止め見入ってしまった俺は、我に返り再び腰を使い始めた。

「あ…あ…やだ…あ…!」

 若島津の先端から真白い精液が溢れ出た。脈に合わせるように何度にも分け白い体を濡らしていく。熱に蒸されて立ち上る特有の臭いに、若島津が俺と同じ男であることを再認識する。ビクビクと痙攣する体は中で絶頂を待つ俺のナニを締め付け、一気に高まりへと導いた。
イクと悟った瞬間、俺は反射的に腰を引いた。

 時間にすればわずか30分足らずの交わりに、俺たちは今日残った全体力を消耗した。あの小さな液体のせいである。
若島津はぐったりとベッドへ沈み込み、ものも言わない。
常備してあるウェットティッシュで清拭を済ますと、俺も若島津の隣で力尽きた。

 

「このジェル、絶対ヤバい。」
「ああ…んだな。」
「どこで手に入れたのさ。」
「えーと…藤森に…」
「……」

 媚薬の出所を知り、若島津は頭を抱え深く溜息した。

「ヤバいって、これ。」

同じ言葉を繰り返す。

「けどよ、気持ちよくなかったか…?」

 俺は恐る恐る聞いてみた。
一瞬睨みの効いた目線を感じたが、鉄拳は飛んでこなかった。

「そりゃあね…なんかスゴかったけど…でも…。」
「…嫌だったか?」
「こういうセックスは嫌だ…。」
「…」
「俺はさ、別に、気持ち良くなりたいためだけにアンタと…してるわけじゃないもん。ちょっとくらい痛くても、うまくイけなくても、アンタが俺に感じてくれて…」
「若島津…」
「あーもう、なんか恥ずかしい!ようするにさ、今日のはなんか自分ばっかり感じちゃってアンタの声が耳に入ってこなかったんだよ。それが不満なの!」
「…」
「日向さんのイク顔と声が好きなんだよ、俺は。…だから、もう使わないで、これ。」
「…分かった。ごめんな、若島津…」

 俺は感極まって若島津を抱きしめた。なんか、愛されてるって気がした。
俺は、若島津のことを誰よりも好きで愛しまくってるっていう自信はあるが、若島津の気持ちが本当のとこどうなのかということを深く考えたことがなかった。実を言えば自信がなく、追及する勇気がなかったのだ。だから良いセックスをすれば俺に執着してくれるかもしれないなんて、そんなことを思ったりしていた。まったく浅はかな野郎だ。

「好きだ、若島津…」
「ん…」
「愛してる…」
「…」
「大好きだぞ…」
「…もう…分かったから…」

 若島津は照れて俺の胸に顔を埋めた。
自然に胸が高鳴って、どうしようもなく抱きたくなって、若島津の顔を探り出し深く口付けた。
今夜二度目のセックスは、互いの温もりをひとつひとつ確かめるように、ゆっくり、ゆっくりと触れ合った。

 終わった後、若島津が笑って「愛してるよ」と言った。

 

 

 

2009.12.29/HAPPYBIRTHDAY WAKASHIMAZU