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愛ってやつは2 「悪いけど俺、今んとこ誰とも付き合う気ないんだ。」 可愛いコだった。校舎の裏に呼び出され、なんとなくそんな気はしたんだが案の定『付き合って下さい』と告白された。まあ俺もまんざらではないというか、モテることが嬉しくない訳じゃない。 ただ‥何かが違った。――嬉しい…けど、ときめかない――。 どうしたもんか、こればっかはしょうがない。ときめかない相手とお付き合いする程、俺は不誠実な人間じゃねえからなるだけ言葉を選んで(俺なりに)丁寧に断った。 付き添いでついて来ていたもう一人の女子に慰められながら、泣きそうな顔で帰っていったそのコを、気の毒には思ったがなぜか罪悪感はなかった。 自分にウソをついてまで付き合うことはない、という確固たる自信があった。 その「ウソ」ってので他の何かを裏切るような…よく分からねえが、そんなことを漠然と感じていた。 「日向くん、また一人振ったらしいよ。」 「しかも今度はバトン部の副リーダー。」 「うそーっ あんな可愛いコでもダメなの!? 」 「当分誰も近付かないね。」 女子たちの矢のような噂話をチクチク耳にしつつ、俺は学食に向かった。 今は夏休みだ。3年の俺たちは午前中に補習授業を受けて、午後から部活という「休み」とは程遠い日々を送っていた。 まあ休みなんかあったって特にやることもないし、こんな毎日も悪くはねんだが欲を言えば補習はカンベンしてほしい。 手っとり早く定食をかっ込んで、教室に荷物を取りに行こうと食堂を出かかったが、ふと足を止めた。 (あいつ、メシ食ったかな。) 食堂の入口にある売店を覗くと、もうすでに数個のあんぱんしか残っていない。あいつの好きなマヨネーズがたっぷりの調理パンはあいにく一個もなかった。それでもなんとなく予感がして、俺は売れ残りのあんぱんを一個買って教室に向かった。 思ったとおり、あいつは補習の時の姿勢のまんま机に突っ伏して惰眠を貪っていた。 「こら、メシ食わねえつもりか?」 「ん」 あんぱんで頭をこつくと、ヤツはうっすらと目を開けてのそりと体を起こした。 「あーやべー、もうこんな?」 少しも役に立っていない、ただはめてるだけの腕時計をぼんやりとした目で見やると、寝ぼけたようなかすれた声で呟いた。 「小倉パンしかなかったぜ」 そう言ってあいつの視界に入るように、ぶらぶらとあんぱんを差し出した。 「おお、サンキュー。いくら?」 「90円」 「…いけね。サイフ忘れた。」 「……」 一応ズボンのポケットに手をつっこんでサイフを探してみせたが、すぐにあきらめて、まるで奢られ上手のオンナみたく愛想笑いでごまかした。まったく…。 「いいよ、あした何かおごってくれ。」 こいつの日常はてんでデタラメだ。 寝たい時に寝て、食いたい時に食って…。見た目からは想像できないくらいだらしなかったり。 「オグラって言えばさ。」 さっそく遠慮もなくあんぱんをほおばりながら、若島津は話を続けた。 「オリンピック代表の二次予選メンバーって変動あるんだよね。」 「ああ。」 「日向さんイケるかも。」 「俺も実は狙ってるんだけどな。」 冗談半分、本気半分で俺も返す。 「へへ…」 「なんだ?」 「反町がさ、日向さんの誕生日に代表ユニフォームのレプリカをあげようなんて言い出してさ。」 「レプリカね…」 たぶんこれは俺には内緒の話にちがいない。聞いてしまってはサプライズにもなりゃしねえ。まったく口のカルい奴だ。しかしそんなことはお構いなしに、こいつは屈託なく笑って話す。 「ひとり千円出し、とか言って部員に声かけてたんだけど。いらないよねえ、レプリカなんて。」 たしかにな。ホンモノのヤタガラスを狙う俺にとったら必要ないかもしれない。 「フン‥で、おまえは千円払ったのか?」 「俺、大勢でひとつのものをあげるのって、好きじゃないんだ。」 急にマジメな顔をして若島津は言った。 「そりゃ高価なものは買えるだろうけど。なんていうか、気持ちが伝わらないっていうか…。」 「気持ちって‥?」 「そうだな、例えば‥‥日向さんの喜ぶカオを見るために一生懸命考えました、とか。それにやっぱそういう時のカオって、独り占めしたいじゃん。」 ひとつひとつ言葉を選ぶように、ヤツはそんなことを言った。 俺はポカンとして、何気ない例え話をする若島津の顔に見とれていた。しかも…赤面しつつ。 「…なんか俺、変なこと言った?」 「…いや、おまえ意外と独占欲強いのな。」 はたと我に返り、俺は一般論でごまかした。 こいつが時々見せる意外な発言には、戸惑うこともしばしばだ。しかしながらそんな若島津を『可愛い』を思ってしまう俺って…。まあ、俺は根っからの兄貴性分だからな。子供だと思っていた弟が急に大人びたことを言ったり、生意気な顔を見せたりすると『カワイイ奴め』なんてちゃかしたくなっちまうんだよな。 「ははっ、独占欲?そうかな。」 俺の、一瞬ざわめいた内心を知る由もなく若島津はあどけなく笑って言った。 「ごきげんよう。」 いつものようにグランドで部活に励む俺たちの前に現れたのは、わが東邦学園の女理事長小泉京子氏だ。…といっても理事長には到底見えない、ハデで新しモノ好きでめちゃくちゃ明るい人である。おまけに若作りだ(これは失敬)実年齢はナゾだが見た目はまあ‥30前後といったところだろうか。夏とはいえ今日もヘソ出しの衣装で若さをアピールしている。 俺は小学6年の時この人に出会い、当時のままならない家庭の事情から救ってもらった。いわば恩人なのだ。だから今でも頭が上がらない。 彼女はグランドに来ると、まず俺に声をかけてくれる。スカウト部長だった頃の、最後に見つけて連れて来た俺だから愛着を感じてくれているのかもしれない。今日もまっ先に俺のところにやって来た。 「あ…キョウコさん、こんち…」 「おめでとう!」 あいさつが言い終わらないうちに、彼女ははげしく俺の肩をバシッと殴った。 「は?なにが…」 ヒリヒリとする肩を撫でながら『おめでとう』のイミをあれこれ考えていると、 「やあね、もうすぐ誕生日でしょ。」 「はは、覚えててくれたんスか。」 ガサツで大雑把に見えるがおそろしく記憶力の良い人だ。やはり東邦学園を仕切っている女武将だけのことはある。 「水くさいのね。日向くんは私にとって弟も同然なんだから。」 すいぶん年の離れた姉さんだな、なんてことを考えてると、唐突に彼女は言った 「ね!これからお寿司食べにいきましょうよ」 はあ?すす、寿司!?俺今部活中なんスけど。でも…ラッキー♪ 「いいんスか。それってカウンターで食べるやつ!?」 どうせなら廻ってないヤツを食ってみたい。調子にのって先手を打ってみた。まあ、彼女の感覚では寿司は廻らないものと決まっているだろうが。 「俺、めっちゃ食うし、押さえきかねえかも。」 「他のコ達にはナイショよ。」 その言葉を聞いて、俺は一瞬躊躇した。どうせなら…アイツも一緒に連れていきたい。俺の誕生祝いなら、あいつも一緒にいて欲しい…。どうしてそんなことが頭に浮かんだのか自分でも分からないが、どう言ったらいいか考えがまとまるまえに、もう俺は口に出して言ってしまっていた。 「若島津も誘っていいですか?」 べつにいいわよ、と彼女は言ったが、なぜ若島津なのか、なぜあいつを誘うのかという詮索をされまいと俺は無意識に多弁になっていた。 あいつは弟みたいな存在だから、とか。だから特別なんだ、みたいなことを。尤も、彼女はそんなこと気にも止めてないようだったが…。 「悪いなあ、俺までごちそうになって…。」 少しキンチョ−気味にカウンターに腰かけて若島津は言った。 こじんまりとした昔ながらの寿司屋といったカンジの店だ。学園からも近く先生たちも時々利用するそうだから、わりとリーズナブルなのだろう。値段表もない店に連れてこられたって、俺たちはコワくて注文できないかもしれない(笑) 「遠慮しないで、どんどん注文しなさい。」 「お‥俺、大トロ頼んじゃおっ…かなー。」 恐る恐る言ってみた。 「じゃ…じゃあ、俺ウニ。」 部の中じゃデカくてえらそうな俺たちも、こういう場所ではまだまだガキだな、なんて思ってしまう。いつか、大人になって自分でメシを喰えるようになったら、堂々と俺たちだけで来れるといいな‥‥って若島津とかよ。その頃にはさすがの俺にもカノジョの一人や二人くらいいるだろうに。‥‥でも、想像できない。 「若島津くんが日向くんにとって弟的存在なら、私もそのつもりで可愛がってあげないとね?」 「なんですか、弟って…。」 俺は思わず飲んでいたお茶を吹き出した。 「日向くんはね、あなたのこと弟みたいでほっとけないって。」 「わ〜〜っもう!キョウコさんっ」 なんで言うんだよ。よりによって本人に!なんだかものすごく恥ずかしくなって言ったことを後悔した。ガラにもなく慌てふためく俺…。 『弟』なんて言われて、若島津が気を悪くしたらどうしよう。すると当の若島津は冗談でも返すように笑って言った。 「そっかあ、じゃあ俺、もっと日向さんに甘えていいんだ。」 そう言って、俺の腕にネコみたくすり寄ってきた。うわ、なんか、カワイイ。 制服の半袖シャツから出るのびやかな腕が直に俺の腕に触れる。冷房のせいかちょっとヒンヤリして気持ちいい…。そんな内心とはうらはら、よせ、なんて言ってしまう。無防備にじゃれる若島津にキョウコさんも言った。 「お姉さんにも甘えていいのよ。」 「ずいぶん年の離れたお姉さんですね。」 悪びれもせずあいつが言う。おまえ今地雷ふんだぞ、コラ。彼女の頬がピクリとなったかどうか、俺はコワくて見れなかった。 すっかり夜になって、俺たちは寮まで車で送ってもらった。さんざん食いまくって腹いっぱいになった後、こんなに食って良かったのかと少し不安になったが、おあいそで堂々とゴールドカードを差し出す彼女を見てもっと食ってもよかったかな、と店を出るのが惜しくなった。 寮の前で下ろしてもらい、出来るだけ静かにあいさつをした。 「ごちそうさまでした。寿司ウマかったです。」 「うふふ、そう。」 真っ赤なスポーツタイプの国産車(よくは分からねえが)のウインドウから顔を出し、彼女は俺のカオを招き寄せた。何かと思って近付いてみると、 「私も楽しかったわ?」 「!!」 次の瞬間、俺は硬直した。思いがけない感触が唇を掠めたのだ。 「キョキョキョ、キョウコさんっ!!」 あまりのことに激しくどもってしまった。動揺する俺を面白がっているように彼女は言った。 「そうだわ、18といえばもう大人なんだから、責任ある行動を心掛けてね。ちゃんと避妊するのよ。」 冗談なのか、それとも大人としての真面目な指導なのか、とにかく彼女はウブな俺の心を引っかき回したまま去っていった。 残されたのは俺と…若島津。 ヤツは俺の背後でコトの一部始終を見ていたが、なんて思っただろう。振り向くのがちょっと恐い。俺はできるだけ動揺を見せないようにさりげなく呟いた。 「あ‥あいかわらず突飛なヒトだなあ。」 するとあいつは無表情な声(たぶん顔も)で言った。 「今まで避妊してなかったんですか。」 「な…っ、そういうこっちゃなくて…」 的外れなツッコミに思わず振り向いた。すると間髪入れず、目の前にポケットティッシュを差し出された。 「口紅、拭かないと。」 どうやら俺の唇には化粧直しでたっぷり上塗りされた彼女の口紅が版押しされていたらしい。ティッシュを渡すと若島津はそっけなく寮の玄関に入っていった。 「あっおい、若島津っ、誤解したまま行くなっ。」 口紅をゴシゴシ拭きながら呼び止める俺のことを、ヤツは振り向きもせず行ってしまった。 風呂場で俺と若島津は二人っきりになった。 夏休みで部活のないヤツらは帰省してしまっているし、今日は他の連中とも帰り時間がズレたせいでこういう状況になってしまった。いくらガキの頃からの長い付き合いだとはいってもファーストキス(とは呼べないが)の場面を見られてしまっては気まずいのは当たり前だ。 「ひでえよなーあのヒト。俺がアセるの見て面白がってんだぜ。やっぱキスなんてのはサ、好きな相手とじゃねえとグッと来ねえよ。ひとつべんきょーになったな、うん。」 沈黙がコワイのと、自分をなんとか正当化したいのとで、俺はガラにもなくしゃべり続けた。 あからさまに不自然な俺を見兼ねたのか、ようやく若島津も口を開いた。 「いいじゃんキスくらい。減るもんじゃないし。」 思いがけないヤツのセリフにちょっと引っかかる。 「おまえなー、そういう考え方 よくねえよ。そういう何気ない振るまいが折り重なって、しまいには『いい加減な奴』ってレッテル貼られちまうんだよ。」 まるでだらしない弟に説教でもするかのように、俺は言った。 「でも日向さん、今日も一人カワイイ子振ってたね。」 うっ、知ってたのか、こいつ…。 「そうやって交わしてばかりいると、それこそ『女ギライ』ってレッテルついちゃうぜ。あげくに日向ホモ説とか。」 ちっ、言いながら笑ってやがる。 「そんなことくらいでホモ呼ばわりされちゃたまんねーな。」 なんだよコイツ。まるで俺に女が出来んの望んでるみてえじゃんよ。言わせてもらえばコイツだって‥‥陰で何人振ってんだか分かったもんじゃねえってのによ。 そろそろのぼせてきそうだった俺は湯舟から立ち上がった。 目をつぶってアゴまでお湯に浸かっていた若島津だったが、急におとなしくなったかと思ったらゆっくりと顔面が沈んでいった。 (え?) ブクブクブク………しーん。 「おっおい、バカ島津!?」 俺は慌ててあいつの脇に腕を突っ込んで引き上げた。 (…寝てる…) 「まったく、呆れてものが言えねーぜ。フロ場で溺死なんてシャレにもなんねー。」 俺はブツクサと独り言を言いながら若島津を脱衣所までズルズルと引きずっていた。 はっきり言って、めちゃくちゃ重い。細身とはいえ身長は俺より3センチばかしデカいわけだし。同じ重さの荷物なら間違いなく放り投げるところだ。 「おいっ、いーかげんにしろよ、このタコスケ。」 ペしペしとほっぺたを叩いてみる。こういう状況でも熟睡できるコイツの神経が分からない。呼んでも叩いても起きる気配はない。 まさかタヌキ寝入りじゃねえだろうな‥。ガクリと項垂れた頭を、顎に手をそえて上に向かせてみる。 その瞬間、俺はドキリとした。 コイツ…こんなにキレイな顔だったっけ。 しずくの滴る髪や、ほんのり上気した白い体や、柔らかそうな…唇。 ―――7いいじゃん、キスくらい減るもんじゃないし――― さっきあいつが言ったセリフが頭をかすめた。 男にしては丸みを帯びた形の良い唇に、そっと親指をあててみる。プニプニとして気持ちいい…。俺は無意識に…いや、どうだろう。吸い寄せられるようにあいつの顔に近付いていった。 「―――…」 唇が離れてからも、しばらくはポーっとあいつの顔にみとれていた。 だが次第に早くなる自分の心臓の音で、俺はだんだん正気に戻ってきた。 「しまった…なにやってんだ、オレ…?」 「はあぁ…。」 今日何度目のため息だろう。あれから俺は薄情にも眠りこけた裸の若島津をほっぽらかして(大事な部分にはちゃんとタオルをかけてはいたが)そそくさと部屋に帰ってしまった。 もう、顔なんかまともに見れるわけがない。いち早くベッドに潜り込んで、寝ちまった方が勝ちとばかり目を瞑ったが、一向に睡魔はやってこなかった。 しばらくたって若島津が戻って来たが、俺はタヌキ寝入りを決め込んで吐息も漏らさぬよう慎重に呼吸をくり返した。 なんで…あんなことしちまったんだろう…俺は。 「はあぁ…。」 何十回目かのため息をつこうとしたところで、背後から別のため息が聞こえてきた。振り向くと、反町が実に情けない顔でそこにいた。 「テニス部のルミちゃんが若島津に告白するんだって。」 ピクッ。あいつの名前に異常に反応してしまった。ていうか、こ、告白? 「俺に気があるんだと思って今までさんざん悩みの相談にも乗ってあげたのに、『ありがとう、反町くんのおかげで勇気が出たわ』だってさ〜〜ちくしょ〜〜。」 「…そうか、男はつらいな、反町。」 口ではなぐさめの言葉を吐きながら、俺の頭の中は別のことでいっぱいだった。 ルミちゃん、若島津、告白。…ルミちゃんてどんなコだっけ。気になる…なんでか知んねーけど、スッゲー気になる。 俺の足は自然と、告白の定番場所となっている北校舎の裏に向かった。 「どこ行くんスかァ〜〜?」 「便所。」 まだグチ足りなさそうな反町を後目に、便所とは逆の方へと急いだ。 「好きなコとか。」 「え?」 案の定、校舎の裏手にウワサの男女はいた。 そして、それを覗き見る下世話な俺。 「好きな‥‥?」 宙を見つめて考えを巡らすアイツ。 「…時間をかけて思い出すようなことじゃないわよ。」 まったくだよな。こういうのってフツ−即答だよな。 「…ってことは、今のトコ身も心もフリーってわけね。」 「うん、多分…。そーだなー。付き合うってどういうのか分かんねーけど、付き合ってみても―――」 「ちょっ、ちょっと待て!!」 自分の出歯亀な立場も忘れ、俺は思わず叫んでいた。 「すっすまん、急用なんだ。すぐ済むから!」 なんで『待て』なのか、訳わかんねえカオで唖然とするルミちゃん(多分)にかまわず、半ば若島津を奪い取るようにその場から連れ出した。 「日向さん?いったい…。」 「おまえ、あの女のことが好きなのか!?」 「え、べつに…。」 「だったらやめとけ!好きでもないのに付き合うなんて不自然だぞ。」 バカバカしいようなおれたちの会話を遮るように、どっからともなく蝉が鳴き始めた。 「でも、付き合っていくうちに好きになるかもしれねーし。」 若島津の言ってることは別に間違ってはいない。人との出会いなんてそんなもんだと思う。最初っから白か黒かを決めてから付き合い出すことの方がよっぽど難しい。 だが俺はガマンならなかった。あいつが流されるように女と付き合い、俺の知らない若島津に変わっていくのがたまらなく嫌だった。 「おまえ…今の女のこと、好きになりてえのか?」 「…なんか言ってることがめちゃくちゃなような気が…。」 「じゃあ俺と付き合ったら、そのうち俺のこと好きになるってのか!?」 俺の意味不明な圧力に圧倒されたせいか、あいつは目を丸くして、それでもまっすぐに俺の目を見て言った。 「…日向さんは‥日向さんだよ。今も昔も…これからだって俺、あんたのこと好きだぜ?」 はっとした。俺は…いったい何を言ってるんだろう。 す…好きって…べつに、友達として、幼馴染みとして、兄弟みたいな存在として、っちゅう意味で…なに俺赤くなってんだよ。バッカみてえ。カッコ悪ぃ――… 「日向さん?」 急に自分のやってることが恥ずかしくなって赤面する俺を、ヤツが心配気に覗き込む。 「ちょっと日向くん…いつまで待たせんのよ。」 業を煮やして追いかけて来たルミちゃん(多分)に、 「わ…悪い、悪かった。俺は去る。」 そう謝りつつ、顔を背けて俺は立ち去った。なんて子供じみてるんだ俺は…。何が兄貴性分だ。みっともねえだけのバカヤローじゃねえか…! 「若島津くん、…さっきの話。」 「…ごめん。やっぱ俺、今んとこサッカーのことで頭いっぱいみてえ。」 去りぎわに聞こえたあいつの返事。 なんなんだ、この『ホッとしている俺』は――。 「おばちゃん、チーマヨある?」 「ああ?もうパンなんかいっこも余っちゃいないよ。もーちょっと早く来なきゃダメだよ。」 売店の前。またしてもあいつは食いっぱぐれたらしい。さっきの今で少し躊躇はしたが、ハラを空かせてしょんぼりしてるあいつを放ってはおけない。こんなこともあろうかといつもの習慣で多めに買っておいたパンを、俺はぶっきらぼうに差し出した。 「ホラ。」 「あ。」 「食わねえともたねえぞ。おまえはただでさえヤセすぎてんだから。」 「すんません。」 ちょっと情けなさげに両手で受け取る。さっきのことはあまり気にしてないようで、俺は少しホッとした。 校舎の脇の階段に腰を下ろし、あいつはパンを、俺は500?の牛乳をストローなしでグイっといった。 「日向さんのは?」 「俺はもう食った。」 パンをかじりながら俺の飲んでる牛乳をもの欲しそうに見つめてやがる。ったく…。 「‥‥全部飲むなよ。」 飲みかけのヤツを渡すと、ガキみたいに頭を掻いてへへっと笑う。 『コクン』 …あ、これって間接ナントカってやつじゃねえか。 今までも一本のジュースを分け合ったり、なんてことはしょっ中だったのに、俺は急に意識した。柔らかかった‥こいつの唇。ゴクゴクと牛乳を飲む若島津の横顔を見ていたら、夕べのキスを鮮明に思い出しちまった。と同時、なんかヤバい状態になりそうな予感がした。 「……!」 「ん?」 慌てて立ち上がると急いで俺はあいつに背を向けた。 「あれ?日向さん、牛乳‥‥。」 「用事思い出した。」 ジワジワと蝉が鳴く。いろんな思考がドッと押し寄せてトランス状態になりそうだ。 あん時は魔がさしたんだ。あいつが『キスくらい』なんて軽く言うから、そんなものなのかって。…こんなことあいつが知ったら―――! (殺されるかも‥‥相手が俺じゃな。) 「あちーーー」 「ちわース。」 午後、ポツポツと部員たちが集まってくる。しかし暑さのせいか今一つダラけ気味だ。しかも人数少ないし。 「なんだ、ちっとも集まってねえじゃねーか。」 「体育の宿題とかでプールで泳いでんですよ。」 「あったな、そういえばそんな宿題。」 「よし。じゃあ俺も泳いでこよう。」 そういって鼻歌まじりに若島津は部室を出て行った。ちょっと待て。 「おい、3年はねえだろ、それ。」 「はあ、たしか2年の宿題…。」 気付いた時にはあいつの姿はもうなかった。 「あのやろ。部活サボり切るつもりか!」 告白だなんだの件を根に持っているのか反町があからさまに不機嫌な顔で呟いた。大会も終わってちょっと一段落といった雰囲気もあってか、練習も心なしかまったりとしている。 まあ、こんな日がたまにはあってもいいのかもしれない…が、ヤツは最後まで現れなかった。下校時間を知らせるチャイムが鳴る。 「おー‥そろそろ上がるか。」 ロッカール−ムで着替えている間も、若島津の姿はない。 「とうとう来なかったね、副キャプ。」 「若島津さんならプールで見かけたぜ?俺たちとすれ違いで。」 「俺も会ったよ。それにしてもプールって4時半までだろ。」 「溺れてたりして…。」 誰かが言った一言で、湯舟に沈んだあいつの姿が脳裏に浮かんだ。あのバカ、まさか…! 俺は脱ぎかけたTシャツを着直して、一目散にプールに向かった。室内プールの入口から見渡すが、人影はまるでない。 「若島津…!」 まさか…まさか沈んで…? と、突然水の中から 『サバーーーッ』 「うおっ」 思わず身構えたが、ゴーグルをひょいと上げるとそいつは若島津だった。 「日向さん…。」 まったくもう…驚かせやがって! 「あれ…もう部活終わったんだ。」 「お…おまえ。」 「長距離の限界に挑戦してたんだ。今ので20キロ、結構イケるもんだな。」 水の中から重そうに上がりながら呑気に、そして少し鼻声でヤツは言った。 「でもさすがにバテバテかも。」 慌てふためいて駆け付けた自分がちょっと恥ずかしくなって、俺は聞こえるか聞こえないかくらいの小さな声でブツブツと呟いた。 「脅かすなよ。…俺はまたあん時みてえに眠りこけて沈んでんじゃねえかと…。」 「はは、まさかあ。」 プールサイドにペタリと座り込んで、唇に流れ落ちてくる雫をペロリと嘗めながら、あいつは独り言のようにぽつりと言った。 「でもくやしいよな。日向さんんはファーストキスじゃないんだもんな。」 え……? 「…起きてたのか、あの時。」 「…なんとなく。」 俺は全身から血の気が引いていくのがわかった。で、次の瞬間、引いた血がいっせいに頭に駆け上がった。気がつくと平手があいつの頬を引っ叩いていた。 「ーー!!」 体と思考がバラバラになったみたいに、自分でもわけ分かんねえ。ただ…ただ、気分は最悪、最低だった。自分で自分が情けねえ。若島津はいっこも悪くねえのに、あいつを殴るなんて…!! どうやって部屋に戻ったのかよく憶えていない。ただ、あいつに顔を会わせないよう必死だった。寝顔にキスして、気付かれて、逃げて、…俺ってホントどうしようもない奴だな。あいつも呆れただろうか。…嫌われただろうか。こんな俺を赦してくれるだろうか。 「日向さん、誕生日おめでとう。これみんなから。」 シンプルな包装紙に地味めのリボンの付いた箱をロッカールームで渡された。10数人の部員たちが包みを開ける俺をキンチョーの面持ちで見守っている。 「おお、スパイクか!噂ではレプリカって聞いてたぞ。」 「あー誰がしゃべったんスか、もうっ。…やっぱ日向さんには失礼かなーと思って。」 照れたように反町が言う。 「サイズ、27.5でいいんですよね。」 「おう、サンキュー。」 ほころぶ顔の俺を見て、ホッとする後輩たちが目に入った。だが、若島津の姿はない。 「…若島津、知らねーか。」 プレゼントの余韻も底々に俺は、あいつに会わなければ、そう思っていた。 「机ン中に辞書忘れたとかって、教室に。」 「おっ、あいつもそろそろ宿題おっ始める気だな。」 「ダビングダビング?」 教室のドアを開けると、若島津はいた。賑やかなグランドとは遮断された、誰もいない静かな教室であいつは机に突っ伏している。 「おい‥‥。」 声をかけると、はっとしたように顔を上げた。 「そこは俺の机だぞ。」 どうでもいいことだと思いながらも、何か話すきっかけが欲しかった。 「日向さん、‥‥ゆうべどこに泊まったの。」 「談話室のソファー。」 「はは‥‥なんだー。」 笑った。俺のこと、怒ってないのか?ケーベツしてねえのか?あいつの穏やかな顔に安堵しつつも、俺は胸が痛くなった。 「…部屋、帰ってこないから心配した。」 「ごめん…。」 心配、してくれたんだ。こんな俺なのに。 とにかく夕べから考えてもまとまらない気持ちを、まとまらないまま絞り出すように言葉にした。 「俺、どうかしてた。自分でもよく…分からないんだけど。」 「日向さんは悪くないよ。だって俺、ズルイことしたんだもん。寝たふりなんて。」 「悪くないこたねえよ。ファーストキスだったんだろ。」 「……。」 「少しは怒れよ、俺なんかに…それともあれか、やっぱりどってことねえことなのか?おまえにとっては。」 ガタン。突然あいつが立ち上がった。謝るつもりで来たのに、逆に責めるような口調になってしまう自分に腹が立つ。そんな俺にとうとう若島津もキレたと思った。 けど、あいつの口から出たのは思いもしない言葉だった。 「俺だって、最初は気が動転して…自分でもよく分からないんだけど……う、うれしかった。」 「……!」 「キスくらい、なんてスカして言ったけど、本当はすごくショックで…なんだかアタマきちゃって。キョウコさんの悪ふざけだって分かってはいるのに、チクショーなんてシットしたりして。」 これって…。これは、告白、なのだろうか。若島津の言葉を聞きながら、俺は頭がフワフワしてきた。顔を赤らめながらあいつは続ける。 「日向さんを少し困らせたくてあんなこと…まさか、キスされるとは思わなかったけど。テニス部のコを話してる時も、実は日向さんいるの知ってて…。」 「……」 わかった。俺はわかったぞ。なんでキスしちまったのか。なんでこいつのことがこんなに気になるのか。そうか、俺は…俺も。 「…てめえ一人で自己完結してんじゃねえよ。」 俺はすぐにでも若島津を抱きしめたい衝動をグッと押さえ、少し怒った顔で精一杯の虚勢を張った。そんな余裕、ないくせに。 「好きでもねえ奴にキスなんかすっか、タコ。女ができる絶好のチャンス、ブッ壊したりもしねえ。俺はーーー‥」 俺はあいつの腕を掴んで自分に引き寄せた。もう、自分にウソはつけない。若島津にキスしたい…! 俺に引っ張られて近付いた若島津の顔は、決して拒んではいなかった。 『ガチン!』 「う」 「……。」 勢い余って俺たちは思いっきり歯をぶつけてしまったのだ。ああ、もう、カッコ悪ぃ…。色気もなにもない状況に、すぐに唇を離しじーんとする口を押さえる。 「ね…『俺は』…何?」 さっき言いかけたセリフをからかうように聞いてきた。答えるのも面倒くさい。今、俺は若島津の唇に触れたくてしょうがなかった。 「いいだろ、もう。恥ずかしいよ。」 再び唇を寄せて、触れたと思った瞬間、 「『好き』」 あいつはそう言って、首をかしげて俺の背中に腕を回した。 どれぐらいそうしていただろう。しばらくして体を離すと、若島津は言った。 「日向さん…誕生日、おめでと。」 こいつには…俺を振り回してる、なんていう自覚はねえんだろうな。 「日向さんのそういうカオ、俺、独り占めしたかったんダ。」 それでも『ウレシイ』なんて思うのは、これが愛ってやつなのかもしれない。 執筆年月日 不明 |
※この続き「続・愛ってやつは」は漫画で描いてるはずなのですがファイルを消失してしまったようで見当たらず…(泣)